【若手と幹部の はざま】

【理から利へ 場と縁の法則のもと・・・ 】



組織が大きくなればなるほど、前に進むスピードは遅くなる。
組織が閉じれば閉じるほど、先がまったく見えなくなる。


いや、それは「組織が」、ではない。
経営の「幹部」がと言い換えられる部分も多い。


だから、若手はこういう
「まかせてくれない」「給料が少ない」


でも、諸先輩はこういう
「頑張ってくれない」「稼いでくれない」


わかってはいるが、たいていの、組織の停滞化の主な理由は、
「明らかにお前(若手)頑張ってねぇな」というケースを除
いては、林業界においては、どちらにも問題があるです。

たとえば、
若手に対しては、半分以上は甘えがあって、上の文句はいうが、
今ある環境で何やったの?結果出してるの?といいたくなる。

逆に、それと同様に、
経営人側は、若手に対して「なにもやってくれない」
というが、半分以上は、そもそも若手に何も「まかせてない」
のでは?といいたくなる。


特に林業業界では、ご老体が確固たる権限を持ちすぎて、耳
を貸さない。

私の仮説、林業四則演算の「ー(マイナス)」がない。

Ⅳ.林業-δ
 どうしても取り除かなければならない
 昔の商慣習や古い精神風土!


で、そういうときには、教科書的に、「だからこそ、ワカモノ
やソトモノといった第三者が必要ですっ」ていうのがあるわけ
ですが、現状、せっかく優秀な人がIターンしても辞めていく
ことがある中で、どうすべきか。


本日、製材メーカー、木材流通、大工工務店、コンサルとい
う4つの立場でのディスカションの場でそれは起こった。


・論理性
・収益性

それはあって当たり前。

そこに、革新性が加わらねばならないとき、
どう打開して進むか。

1 背中を押すのか
2 摩擦を取るのか


ここで二人の尊敬する人の言葉を借りたい。


>今、日本林業回生に求められる人材は「過去の自己否定」に
も似た、ラディカルナ(根底的な)林業の変革を遂行する人々
なのです。[村尾氏]


>日本の林業再生は都会の若者に任せなさい [牧氏]


そこに、若手と幹部との意識格差を打開すべく方法論がいかに
あるか、私なりに見つけることができた本日。


まさに、情緒的論理性とか、論理的情緒論というか。


台本なき演劇 の 必要性


もしいえるとしたらこうだろう。


1 ゆるやかなラディカルとして地域信頼の絶対化
 (内科手術的)

2 急速たるラディカルな論理や収益の明確化
 (外科手術的)

3 ユーモアか激怒か その感情の表出化

4 第3者のみならず共有理念を持つ第3者の介入化
 
5 共通の仮想競合と共通の仮説目的の設定

6 若手と経営陣、そして、社内と社外の責任の所在化

7 具体的な経験のみが語れる場の提供による懇親化


それは、

「場」と「縁」の法則 とでもいえるかもしれない。


西粟倉森の学校、共有の森ファンドの立上げ前、あの日、あの
時、あの場所に、あのメンバーがいなければ、今はなかっただ
ろうな、というシーンが懐かしい。そこに同席できていた私は、
運がよいという瞬間、場と縁の法則を感じた。アミタ時代から
の地域信頼、牧氏と竹本氏のラディカルな連係、色々なトビム
シの信頼下にある外部人材という第3者の後方支援など等。


コンサル(第三者)とは何か。

いや、
ビジネスインテリジェンスとは何か。

いや、
人生とは何か、なんとなく見えてきた。


改めて、多くの方に感謝である。
今日は、何か失敗してもいい。

今日ほど得るもののはなかった。

→この話の具体的詳細は、いずれ何かに書いてみたい。


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