【日本酒メーカー勃興の歴史。 】

【日本酒メーカー勃興の歴史。 】

本日、初めて足を運んだ居酒屋は、銘酒集まる良店である。
お通しに佐渡島の「シッタカ」という貝を出された。


佐渡島出身の大将。

日本酒のあれこれを教えて頂きつつ、お勧めのお酒を頂いた。
メーカーそれぞれの風土や水、産地の米、蔵元の人の顔、様々
なこだわり、色々と話を頂いた。

日本酒と言えば、
いまや各産地があり、吟醸とか辛口だと甘口だとか色々な銘柄
があるが、それは、実は、昔からあったものではない。

各種銘柄というもの、メーカーというものは、
実は、最近にできたものなのだと、
当時の流通主導の時代からのお話をして頂いた。

「当時はね、
 一級、二級、とかあったもんで、
 問屋というか流通がね、

 各地域のお酒を混ぜて出していたもんよ。
 
 そこで小さな蔵で売れなくなった
 昭和40年代後半以降、
 そこに新潟の越乃寒梅というのが出てきて、
 吟醸辛口というものができてね。

 実際に、
 そこで吟醸辛口というメーカーが
 広がっていったのは昭和50年後半とか
 60年のころかな。

 平成に入り、山形の14代がでた。
 甘口で、フルーティーな芳醇な香りが売りで、
 また
 色々な各種メーカーというものが広がった」
 

この店舗にたくさん掲げられている
銘酒たち、手書きで書かれたそれぞれのメーカーの
こだわりは、十分に感じられるが、
それは、実は、ある意味、流通主導から脱却した
最近にできたものであるのだ。


そして彼らが勃興するまで、
色々な葛藤や格闘があったということ。

知らなかった。


そこに必要なのは、

1 当然昔ながらの蔵元を守ってきた
  歴史は技術がある
2 流通主導からメーカー意識を高め
  新しい加工技術で商品化をし、
3 直需体制のマーケティングを強化した
4 よい居酒屋、よい酒販店が 「伝える」役割をしていった
5 また量販店ではなく良飯店というものが、
  メーカーと料関係があり刺激し合ってお互い成長した。


などの背景が見えた。

ここの大将は、佐渡島出身。
新潟の話も地域活性の仕事も盛り上がった。

そこで、林業も農業も

「風景をつくる」

という仕事であるということ。

山も畑も、水も。
普段の日常の生活も。

「お酒」も「木材」も一緒である。

憧れられる地域風景
憧れられる地域会社
憧れられる地域商品

自分たちのメーカー意識というものをもう一度。
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