【細川ガラシャ夫人から】 


 
台湾から帰った。機内で読み終えた細川ガラシャ夫人。著者三
浦綾子さんは熱烈なキリスト教徒で有名だが、私自身は上司
に薦められるまでまったくしらなかった。この本が一貫して
伝えたかったことは、①信仰の自由 ②人間としての尊厳 
③戦国時代の女性蔑視の具象化 ということだろう。これを、
読むと、織田信長、豊臣秀吉の陰に隠れた明智光秀が、前者二
人の悪態をあからさまに表現しているため、対して、教養の持
ち主で人間的に優れていた人物として浮き上がり、光秀への愛
着すら生まれる。学校が教えない歴史を知ることもできるだろ
う。


さて、この細川ガラシャ夫人(明智光秀の娘)の一生を描いた
歴史小説であるが、これを読んでも私は、キリスト教に対する
「愛」などを感じえていない。キリスト教は弱者の論理だとか
、宗教こそ悪であるというものがいるが、そこまでの言い切り
はしないものの、私はどちらかというと、キリスト教に良さを
見出せない・・・。

という趣旨を妹に話したところさらっといわれた。


「そうだけどね、でも聖書を全部読んだことないのそんな
ことは言えないよね~。とりあえず知ってみてからじゃな
いと、本当はキライとか合わないかいえないんだよね~。」


さりげない一言だったろうが私のココロに痛く刺さった。船
井総研で「素直」といえば、まずやってみてからとりいれて
みてから、意見を述べよということを重要視する。しかし、
全然「素直」でない自分に気づいた。ちょっとかじって全て
を知ったようになるコト、嫌いという先入観でずっと食わず
嫌いでいるコト、いいか悪いかは別にして、好きか嫌いかは
別にして、議論をすることは大いに結構だろうが、体験から
生まれぬ議論をもとに、いいか悪いかの結論を急ぐ人生を歩
んできたことにも気づいた。

宗教は嫌い?
宗教を、無我無心に陶酔することと定義すれば
科学も、現在も、資本主義も、会社も、宗教である。

しかし、宗教とくくるまえに、大切なことは何か。受け入れ
てみてから、思考して結論を出すということ。危ないところ
だった。何故学校で教えてくれたことは素直に耳を傾け、何
故、科学主義を否定しないのか。疑問符がアタマに浮かんだ。

もっともっと
イノベーティブな思考をするためにも、まず否定という姿勢
をもう一度改めなければと「細川ガラシャ夫人」と「妹」よ
り、学んだ。
スポンサーサイト

Comments 0

Leave a reply