【田舎に泊まろう 新春特番 川上村に石田純一 】
カテゴリ: 本・映画・ニュース・メディア
1月3日18時~、竜馬伝は再放送に譲り、
「田舎に泊まろう」の新春特番を視ました。

今回のテーマは「2010年 ちょっと気になる田舎」。
民主党政権の目玉政策、“ダム工事に揺れる田舎”等、話題の里へ。

http://www.zf-web.com/variety/inaka/archive/2009-12/
ぎふ放送

http://www.tv-tokyo.co.jp/inaka/backnumber/thisweek.html
テレビ東京


今回、このテレビを視た理由は、二つあります。

1この番組による
 都市(芸能人)と農山村(地域人)との交流が面白いから

そして、もうひとつは

平成12年(大学院生時代)に
国土交通省(当時 国土庁)の地域づくりインターン 時代から、
お世話になっている、
僕の人生(視点)を変えた
吉野郡川上村に、あの石田純一さんが、キタ!ということで

2 川上村をどう写すか(伝えるか)

ということで楽しみにしていまして、
ずいぶんと知人にも、このテレビを宣伝してました。


RIMG0038.jpg



ちなみに、
私は、いま川上村の観光PR隊員として、
「かみせ大使」というものを、村から、仰せつかっておりますので
ここにて、PRをしなくてはと、パソコンにすぐ向かいました。

また、いま先ほど、
熊野や福井などの友人から、テレビ映ってない!
とメールがきましたので、このブログにて、宣伝いたします。


あれは、12月中旬でした。

いつものように仲良くさせていただいている役場職員と
飲んでいるとき、

「そういえば、
こないだ石田純一が村にきたよ!
田舎に泊まろうってやつで1月3日に放送だって!」

「ほんと?」

「あれって役場にアポとか取ってから、くるの?」

「いや突然だったって。
 やらせ とかじゃなく、
 いきなりやってきて、それで。」

「で?なんで川上村?」

「いや、ダムの話で、選ばれたらしいよ」


そうなのです。

ダム事業の仕分けという視点「のみ」で、
いま八ツ場ダムは注目を浴びていますが、

実は、
いま、進捗しないダムの揶揄として、

東の八ツ場(群馬県長野原町)、西の大滝(奈良県川上村)といわれ方をされているのです。

昨年11月末日には、産経新聞で
高野山の高野霊木の記事の隣に、
この、川上村のダムの記事がありましたが、
西の大滝ダムってどこだ?と思う方も多いでしょう。


それが、吉野杉の主産地、
吉野川の源流にあたる川上村に建設されているダムのことで、
大滝(集落)は、
吉野林業の祖といわれ、吉野林業全書を著した
土倉庄三郎の出身地区でもあります。

川上村の入り口に、
吉野川の絶壁に「土倉庄三郎 翁」の名が彫られているのは
ひとつの観光名所にもなっています。

その先、すぐ熊野方面に向かって
「柿の葉寿司」で有名なお店を過ぎたすぐ先に、
国道169号にそびえたつダムがあります。
それが大滝ダムです。

このテレビのテロップにも「47年未完成のダムの田舎」とありましたが、
そうなんです、実は、計画してから約50年、
まだまだ実働していないダムが、吉野川(紀ノ川)の源流地域にあるんです。


という入口で、

川上村に、石田純一さんがやってきました。



そもそも
この大滝ダムは、伊勢湾台風の悲劇を起こしたくないという理念(理論)のもと、

昭和37年にダム建築も計画があがったものも、
ダムの反対運動、補償・移転問題で、計画がドンドンと先延ばしされたのみならず、
ようやくに、平成14年にダムの本体(堤体)が完成しました。

私が学生時代にいったとき、
平成12年(2000年)の夏のころ、
まだ吉野川(本流の大川)はきれいで、川泳ぎや飛び込みをしました。

しかし、平成14年に、完成したにもかかわらず、
実は、その年、試験堪水(徐々に水を溜めてみるダムが機能するかの試験)のときに、
ある集落(白屋地区)で、家が傾き、土砂が崩れ、ヒビが入ったことで、
もともと移転対象になっていなかった、その集落地区が、
また全戸移転しなくてはならず、ワイドショーなどにも、注目されたのです。

「人口2000人の村に
 3200億円をかけてダムはいるか」

というワイドショーの内容には、
あるコメンテーターが、多くの村民の気持ちを無視し、
知見の違う残念な内容がメディアに発信された面もあったのですが、

「知らない」村から「知ってる」村になるだけでも、
プラスと考えていきたいと、それは私の中でも
「川上村を伝えたい」の原動力にもなりましたし、
いまの仕事の原点にもなりました。

しかし、実は、まだまだ、
その大滝ダムは、本体はできても、
強度を高めるための川岸の補強工事はまだ終わっていないのです。


聞いた話ですが
この「田舎に泊まろう」の取材、最終的に役場の対応としては

「ダムに関しての否定的な、一辺倒の話を
 論じるような伝え方にならぬよう、配慮して頂きたい」

とだけ伝えられたそうですが、
シナリオありきの番組(制作)だとどうなるか、
不安もありながら視ていました。


そんな中、川上村は

「受益と負担」
「計画プロセス」
「合意形成」
「補償の理論と現実」

という「概念」や「合理」を改めて考えるに、非常に「勉強」になる場所なのです。

しかし「勉強」は、「大学」にはありませんでした。

「地域」は「勉強」の「対象」ではありませんでした。


私の師匠である川上村の役場職員や林業家からの
情理的な「教え」が、わたしの新しい「勉強」でした。

「おい、大輔!
 地方役場の職員は、オールマイティでなくちゃならん」


「おい、おまえ、そんなんも知らないのか!わかるか?」

なんども教えてもらいました。(飲みました。)



「ダムの恩恵を受けるのは、実は、都市部であり、
 上流(源流)地域の保全(犠牲)があってこそ、
  洪水が防げる、電気が得られるということは、わかっているのか?」


「ダムは要らないと主張し続けたたけど、
どうしても国の理屈で、故郷を捨てざるを得なくなった村民やその土地の
気持ちを考えたことがあるか?」

「同じく、ダムは要らないと主張し続けたけど、
それはゴネてるだけで、結局、補償金額を上げるだけなんじゃないか
と言われる(本当にそうかどうかは別として)気持ちを考えたことがあるか?」


「本当に、苦渋の決断をしたというのは誰だったのかわかるか?」


「とはいっても、
 いま不要なダムもあることだろう。必要か不要か、その根拠は
 科学的にも、政治的にも、いかに難しいことか、わかっているのか?」

「いまは未来に向けて村の構想を描く、その吉野川源流物語の意義はわかるか?」

「地域づくりってなんだと思う?」

 
当然、わからなかったし、しらなかった。

大学で机上の空論をしていたころ、
その、なんども通った川上村で、地域の人たちや役場職員の人たち酒を飲みつつ、
そのリアルを教わりました。

そして、なんともいえぬ気持になり、

大学院時代の論文で
「吉野川での子供の川遊びについて」研究したものです。

ダムができて環境が変わったから、子供が川で遊ばなくなったのか。
社会(集落)機能の変化と川遊びの変化の相関はあるのか。

「山村とは何か」を教えていただいたのもこの川上村の皆様です。

そんな20代中盤の出逢いが私の原点であり、
いま、地域再生の仕事をさせていただいておりますが、話がそれました。


そう、
石田純一さんの訪問、だったのです。

川上村
人口1927人
特産品 吉野杉 アユ


今回のテレビ、

なにがよかったかって「ひとつ」だけ言うとしましたら、

あの、元助役の上田さんが、男手一人で招待したこと、そのことの価値でしょう。
(知人おばさんのもかなり笑いを取り、ナイスでしたが、笑)

私は、
この番組制作者がどこまで狙いだったかわかりませんが、
これは私のつたない所感と思ってお読みください。


この「田舎に泊まろう」というのは、

田舎の「家族」に囲まれて、地域愛、家族愛、郷土料理に触れて

そして、混ざりモノの最先端「TOKYO」の人が、涙を流して帰る

という絵柄がメインのストーリーです。

それが楽しくて、テレビを見る人も多く、

今回の

相田翔子(WINK)
国に頼らず自分たちで成功している
元気な田舎にいきたい!
徳島 ゼロから再生した田舎へ
徳島県上勝町
1991人
特産品 ユズ シイタケ
県内で一番の高齢化率



武田修宏(42)
「学力NO.1の田舎に行きたい!」
特産品 はたはた
秋田県・八峰町



石川梨華(24) 
石川県珠洲市
17726人
天然塩 能登まつたけ
試験的地デジ対応地区



みな「夫婦愛」や「家族愛」のもと
家族の団らん、地域の食事に囲まれていました。

しかし、
川上村の場合は、村の「おとうちゃん」独りでした。


RIMG0039.jpg
石田純一さんと上田さん


毒舌1人暮らしのオヤジ宅
というテロップに象徴されますが、

実は、
清流吉野川の淵で育ちで、役場で働き
大滝ダム建設発表の年、昭和37年、結婚されたが、
しかし、最近に、奥さまを亡くされて、
ダムができて、環境が変わった中、
新しい移転先の家で、独りで生きる70代の上田さん。

学生時代、
助役でして、色々とお世話になりましたが、


「ここは、えぇとこだったんだよ」

とダムが水没する前の絵画を石田純一に見せ、
情緒的になり、ダムは今からでも廃止して欲しいと昔を思い出し、
ホロリと、積年の想いの中に、ふと口を開かれたのは心に響きます。

上田さんの前に、
最初に尋ねられたおうちは、実は、
石田純一さんがピンポンと押すと、


「ダムの取材はもううんざりなんですよ」

という
住民の対応のなか

「でも、やはり石田さんだから、話をしたい」

という、その住民の気持ちは
なにかすごくダムのある村の気持ちを表現していたように思います。


それでも、
これから未来に向けて生きていくという
上田さん、ひとことひとことが、石田純一さんに

「うん、うん」と吉本張りの笑いと説得力でうならせていたのです。

その上田 元助役の話は、
この番組の中での、いいスパイスであったし、
きっと、石田純一にも、いいスパイスになったことでしょう。


なぜか、話題の靴下を履かないということに対しても、

「それも一つの何とかになってるんだな」

というセリフは、

ひとつでも何かこだわりをもち、話題を作るという、
自己研鑽、経営視点の「差別化」の話をされたことですし、

ちょうど話題も話題の、
4度目の結婚前の石田純一さんに


「今度 は 相手のこと考えて 辛抱して 長くな」



いつも、白髪美しき、また情熱あふれた父さん的存在でした。
そんな「お父さん的」存在がたくさん川上村にはいます。

(だから、お小遣い溜まったら川上村へ、と学生時代に何度も私が通ったものです)

また、石田純一さんが
食事の際、マイ箸を使おうにも
吉野杉の割り箸を提供し、

「(吉野では)これが当たり前だ、
 木の廃材つかってるんだから、(環境にいいんだし)、使いや」

と言われたのですが、説教がましくは伝えず


「やっぱりもったいないので・・・」

と石田純一さんは、マイ箸を使ってましたが、
吉野流を押し通さず、そんな気遣いにも、やさしさがあったように思います。

(森林資源の活用と循環社会の構築のために、
 マイ箸ではなく、国産材(吉野杉)の割り箸使ってほしいですけど笑)

そんな
人生の大先輩のひとつひとつに、
妻との在り方、生き方というレッスンが、とても響きました。

最後に、またこう言いました。

「男一人やし、
もてなしが、できずごめんな。
せっかく山奥まで来ていたたのに、申し訳ないな」


こういうおじさま(おっちゃん)がたくさん川上には居ます。

いや、田舎に泊まろうになかなか出てこない
「独り暮らし」のおっちゃん、おばぁちゃんは多いものです。

それでもこの笑顔は
みているこちらも明るくなりました。

田んぼのない村として、
農村とは違う山村の川上村も
どこも過疎地域であるといいながらも、
やはり「奈良県人」であり、弁が立つし、笑いがあるのです。


上田さんの手作りの木工品のひとつ、
石田純一さんにストラップをプレゼントされていました。

「ふくたろう」くんです。

RIMG0051.jpg


実は、川上村には、匠の聚(たくみのむら)という
芸術家村があります。

ここに、芸術家が集まり、
地域コミュニケーションを図り、芸術家の作品展示や
カフェもありますが、そこで、芸術活動をされて
去年亡くなった彫刻家が、デザインした「ふくたろう」くん。

山椿の枝など、吉野杉の間伐材など
山村資源を有効活用したいくつもの作品をつくられてきた
彫刻家「松本鐡太郎」さんのデザインは、受け継がれ
上田さんを始め、地域の「おっちゃんたちがたくさん作っています。


RIMG0042.jpg
私も友人にいくつかプレゼンとしたことがあります。
(私も大切にしていて、これは亡き鐡太郎さんが創ってくれました。)


RIMG0050.jpg
ちなみにこちら上田さんの木工品


RIMG0040.jpg
まだ水が溜まっていない大滝ダムの裏側を見て


さて、最後に、上田さんの
生き別れした奥さまをしのぶひとつひとつのおことばに
石田純一さんが、「うん」と素直にうなづいているシーンが印象的で、


「理子を幸せにします、生きている限り、
健康で頑張らなければならないけれども、彼女を幸せにします」

とテレビの前で、宣言しておりました笑。

偶然とはいえぬ、必要必然の出逢いとして、
石田純一さんの頭の中に、川上村の上田元助役のひとことひとことが
残ったことでしょう。

離婚したら
川上村(上田さん)を裏切ることですよ!
なんて、思ってたところ、

最後に
「どうですかね?りかちゃん」(司会:徳光)

「ウソじゃないといいですね」(石川梨華ちゃん)


に突っ込まれたところで終わったのも
また、彼なりのご愛嬌なんでしょうね。

~~~
ちなみに、この川上村は、
この大滝ダムの完成を目指し、
それに伴い、吉野川源流地域に位置する村として
あらたな「源流物語」を策定し、
 ホテル杉の湯
 森と水の源流館
 匠の聚(たくみのむら) 
 川上さぷり
 吉野杉工房

 ちょっとよってんけぇ川上ブログ

 
など、ダムを契機に、源流地域としてのミッションを未来に向けた
「情報発信」や「地域コミュニティの提供」をしています。

ぜひ、足を運んでみてください。
~~~~~



おまけ

~上勝町のメモ~

相田翔子さん

「東京歩いていて
小枝拾えないですもんね」

というセリフが印象的で、
小枝を拾って、それを、オシャレに工作して
宿泊先にプレゼントされたシーンが
ストレートに心に残りました。

RIMG0048.jpg




有名な、上勝町。

もともとみかんで生計を立てていたところ、
昭和56年の記録的大寒波で全滅。

営農指導員の横石さんのひらめきにより
昭和62年、つまものを資源にビジネスを展開。

いまや、年間2億5000万円
葉っぱビジネス、100軒が元気に参加。

「大変ちゅうことないけど楽しいですよ」

寝たきり老人ゼロ

「今は最高の生活をしています」

という、ツネコばあちゃん。
生産管理のために、79歳で覚えたパソコン。
一日の売上 23,940円 というデータもテレビで公表。

「東京では1万円稼ぐのも大変です」

と相田さん。

パソコンから、出荷価格の順位が出る。

「あがったな、さがったなって楽しみなんです」

RIMG0045.jpg

という、86歳のビジネスガール
マイクロソフトの企業市民活動
ポスターのモデルに。

「みかんじゃ重くて持てないけどね」

もうけたお金で
孫夫婦の新築(1000万)、
自宅もリフォーム(300万)したという。

「大家族でいられるのは幸せです。」
という笑顔

最近、
「暗算大会優勝」したそうですが、
それに対して、
「パソコンやってるから」
という90歳近いおばあちゃん

やはり元気で楽しくが基本ですね!!









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編集 / 2010.01.03 / コメント: 2 / トラックバック: - / PageTop↑
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Author:古川大輔
地域ブランド創造を切り口に、地域再生、森林再生に携わる古川大輔が現場感あふれる日々をブログにアップ。コンサルタント視点のコラムもあり、地域経営、会社経営、人生経営のヒントにもご覧ください。 ~地域・地方にこそ美しい日本の宝あり~

⇒【連絡先】
株式会社 古川ちいきの総合研究所 
E-mail:furukawa@chiikino.jp

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こちらEメールにてよろしくお願い申し上げます。

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