【お寺と葬儀屋 ~日本の心の拠り所~】
カテゴリ: マーケティング/営業
「寺と葬儀屋」

みなさま
近しい人がなくなったらまずどこへ連絡しますか?

田舎、イエが崩壊し、核家族化し、TOKYOに人が集まると
心のより所というのは少なくなる。かつては、その心の拠り所
のひとつに、やはり「イエ」があり、その地域社会との接
点が多かった「お寺さん」がいた。

たとえ、現代という時代がきても、その繋がりがしっか
りとあるところは、誰かが亡くなったら、まず「お寺」
さん(あるいは地域地区の区長)に連絡をし、そして
そのお寺さんが葬儀屋さんに諸事をお願いするように
している。

もともと葬儀屋さんはあくまでもお寺さんのサポートだった。

いまはどうなっているのか。

TOKYOなど都市部のこと。

亡くなったってから初めて自分の宗派を知る人も多い。

イエもない、農林魚業から離れ、土地から離れ、先祖の
ありがたみに感謝することもない。誰かがなくなれば、
そう、まず葬儀屋さんに連絡する。

こんなこともある、
葬儀屋さんに連絡しなくても、よい構造が都市部にはある。

会社(大企業)、病院、老人ホームに、つねに顔を出し、
接点をつくって信頼を得ているのは、そう接客(営業)力が
ある葬儀屋さんだという。

たとえば、
近しい人が亡くなったとき、
会社(都内企業)から紹介されるのは「お寺」ではなく、
すでにTOKYOの決まった「葬儀屋さん」となる場合が多い。

突然の死であればなおさら。こちらから調べて相見積をとり、
どの葬儀屋さんにしようということはない。

あるときの葬儀屋さん、その中で、ひとつ、
色々と段取りをめているとき、こんな話になる。


「お経はどういたしますか?」

当然、初めてのことだとわからない。

「私たちは、
     普通より安い値段でお坊さんを呼べますが・・・。」
 

なぜかこれが「ん??」と思うのである。

イエから離れた、ツチから離れたTOKYOのひとならそれ
でいいのだろうかと思ってしまった。でもこれが現実だろう。


心が伝わっている故郷の住職さんに電話し、

「無理を申し上げるようで申し上げませんが、
   あさって、お経を上げに、東京に来ていただけますか?」

「はい、もちろんです」


こういうこともある。

何宗とかどうでもよいのだろう。
住職さんの笑顔。
田んぼ豊かな田舎、
休みになれば連れて行って、
住職さんにも顔を出しているという関係性。

いま、
お寺さんが経営がつらい。
檀家さんがいないという。

(今日はお寺さんの経営について聞いたところでの話しである)

また都市部では、葬儀屋主体の簡易な葬儀も増えている。

この場合、経営観点でいうと
下請と元請という構造でいうと、
実際に、元請が葬儀屋で下請がお寺さんというところである。

だからといって葬儀屋さんが悪いとか
お寺さんが何もしなかったのがよくないとか、
そういうことなどの話ではない。

TOKYOなどの、顔が見えない場所だからこそ、上のようなことが起こるということ。

葬儀業としては、
世間のニーズに対応をして、
お坊さん以上に接点(主導権)をとるというのは正しい経営理念である。

もちろん、
地域に根ざしていて、お坊さんよりも
住民と心がつながっている葬儀屋も多い。

今回、
お寺さんの役目、
葬儀屋さんの役目、
都市に暮らす人の葬儀とはなんだろう。
と、ふと思った。

話し変わる。

高野山まちづくり研究会でも、結局「林業(木材)」と「工務
店」と「大手ハウスメーカーの話」をしていると、やはり
いかに、元請さんがもうかるかというところになった。

現実的に、元請会社と下請会社となれば
明らかに前者が利益率が高くなる。
結局、仕事を取ってくる力があるかどうかがすべてという悲しい現実。

ただし、これは表現が間違えである。

営業が強いというのではなく、
将来顧客との接点、信頼、心の拠り所がどこにあるかというところなのである。
信頼できる大工(作り手)との接点が少なければ、
それは信頼できるテレビをみて、安心の展示場にいって、イエではなくホームを買う。

だから山側に利益が落ちない。

地域との接点。
お寺、住職との接点がない。

なにも宗教的な
教えを前に出して接点を作ることを推し進めているのではないが、
何かの接点を造らねばならぬ。
そこに顔の見える信頼があってこそだという前提。

葬儀屋さん
お寺さん
どっちが前に出るか出ないかという話ではなく、
あくまで、接点をつくり信頼を得ているのはどちらか、
怠慢な経営をしてしまったお寺さんへの応援メッセージである。


よく学生に地域づくりの講義をするとき私はこうきく

「あなたに田舎はありますか?」

ない人が最近は1割とか2割とかいる。去年の法政大学の
現代福祉学部で話したときそのアンケートに「私には
田舎がないということが気づいた。またそれが悲しいと
思った。だからこそ地域にいってみたい」

そういう学生がいた。


団塊世代は東京にでても、田舎があったから、見えない拠り所
があったからこそ東京で頑張れた。それでよかった。いまはそ
のジュニアのジュニア世代。田舎がない。イエがない。

だから「東京(TOKYO)の人が森(地方)にいきたがる」
西粟倉村の共有の森ファンドも半数以上は東京のひとである。

武田先生が否定するその科学的根拠があいまいな「環境問題」
も、とにかくTOKYOの人がなにかすがりたいというカタチ
の思想(宗教)という面も否めない。

いま高野山にいながら、

商品と営業
下請と元請
東京と地方

ひとつ繋がるヒントがみえてきた。それをひとつひとつ、
具体的に落として、「接点の創造」を原点に、
売り物を高め、
売り方を高め、動かし方、廻し方をスムーズにしていく。

宗派のこだわりじゃなくていい。
顧客思考とかじゃなくていい。
自由になりすぎた日本。
豊かになりすぎた日本。

みないま心の拠り所を探す旅に出ている。

そこに思想の厳選、川の源流、「森(地域)」は日本人の新たな
拠り所になるのかもしれない。


【お詫び】
一部、葬儀屋さんに不快な表現がありましたことお詫び申し上げ、
修正をいたしました。ブログや伝えたいことと伝わったことがズレる
ことがございます。私の配慮不足、文章力の欠如ゆえ、心からお詫び
いたします。今後とも、直接、ご指摘いただければ幸いです。
ありがとうございました。













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編集 / 2009.06.08 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
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Author:古川大輔
地域ブランド創造を切り口に、地域再生、森林再生に携わる古川大輔が現場感あふれる日々をブログにアップ。コンサルタント視点のコラムもあり、地域経営、会社経営、人生経営のヒントにもご覧ください。 ~地域・地方にこそ美しい日本の宝あり~

⇒【連絡先】
株式会社 古川ちいきの総合研究所 
E-mail:furukawa@chiikino.jp

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