【織田秀信(信長の孫)の生き様】
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ただいま新幹線の中、議事録のチェックを終えたので、関が原
を読んだ。ちょっとこれは書きたいと想い、いま掛川あたりだ
が、書いてみる。


テーマ

親や祖父がデカすぎると、子や孫として、どう生きていくか。
そんな人間ドラマを少々私なりに解釈して・・・・。


ちょうど、それは関ケ原合戦の前哨戦にあたる戦い。



場は、西軍の最前線の3つの要塞

 岐阜城
 犬山城
 竹ヶ鼻城

においての岐阜城、陥落のシーンである。ここ岐阜城。そのあ
るじは、織田信長の孫の織田秀信(十三万石)である。西軍
(石田三成)東軍(徳川家康)という戦いの大構図のなかで、
最初に東軍と戦うシーンが描かれているのが、この織田家の
終焉たる舞台において、織田秀信という信長の孫に対して、
何か感傷たる心持ちになった。


織田秀信は、まだ21歳。


祖父信長ほどの実力はとうていなく単なる若造でしかないと見
られ、年上の重鎮、家臣たちに何度も「家康(東軍)についた
ほうがよい」といわれながらも、三成(西軍)との約束を断固
として秀信は曲げなかった。


その攻め方についても


「わが祖父信長は篭城などしたことない!
     歴戦つねに陣頭に立たれていた。予も立つぞ。」


信長と似ているのは、戦さでの意匠・行装などの見栄えだけ、
敵ですら「あれほどお美しい御大将はございますまい」と皮肉
に描かれている中で、親(祖父)の七光りだとはいわせまい、
色々と非難や揶揄をうけながらもと、その祖父や曽祖父の意志
を強くうけ持っていた。

しかし信長公の嫡孫。あの御首は頂戴できぬと敵は思ったほど
に、その知名度ゆえの恐怖心はわずかながらはあった。

それほどの偉大さを孫にまで背負わせた信長といえるのか、そ
れが重くのしかかってしまった孫なのか。結果は東軍、福島正
則らの兵力との圧倒的な差で、竹ヶ鼻城についで、秀信の岐阜
城も落ち、織田家は結果ここで滅亡する。


戦いは、かなりの奮戦だったらしく300、400の首があち
こちで飛んだといわれているが(この「関ヶ原」には書いてい
ない)、その攻防むなしく、防戦の手立てもなく、開城を勧め
られ、和睦にいたる。そして最後は、わずか38人となり、「
よく戦ったものよ」と秀信は自刀を覚悟し開城を決意したのだ
が・・・。



そのあとである。



その21歳の若大将が「感状を書く」のである。


感状とは、侍どもの武勇の証明書で、織田家が滅亡した後に、
他家に仕官するとき、その感状の内容次第で禄高が決まるもの
である。



「殿、この期になって・・・」


と敬意を持って見ていなかったその七光りの秀信を見てきた、
残された家臣が「やはり織田信長の嫡孫である21歳の城主だ」
と思う時である。

その達筆さや、文章の書き進みかたなど、外見だけの伊達好み
ではなかったかと、最後の最期には部下を思っていたのだとい
う、その主としての正義感と思いやり。

ぐっと来た。


そして、秀信は多くの大名が「切腹せよ」と主張したが、
敵将、福島正則は「亡き信長公の孫であるから」と、戦さの
体勢には差し支えないという余裕もあることながら「命乞い
をさせてやりたい」と、涙を流したという。


そして、織田秀信は、死を許され、少姓14名をつれて城を
出て、浄泉坊という寺に入り、そこで僧形となって、その後に、
高野山へとのぼり翌年病死したとある。


信長の高野山討ちの事実から、孫である秀信は、実は高野山
から追放されたなどの逸話もあるが、そのあたりは定かでは
ない。


何しろ、
歴史の事実はどうあるかは別として、


父や祖父が偉大すぎるゆえの、空回りした意地やその自尊心。
それを周りからは矮小の目で見られ、親の七光りだとか実力も
ないのにと言われてきた人物が、最後の最期に「やっぱりあの
人は格別なんだな」といわしめる行動。



織田家の最期のシーンに
その秀信の「感状」について感慨深いものがあった。


家としての「家風」がそれぞれにあった時代に戦国の世と、
現在と照らし合わせて、その「家」としての生き様を考えて
みた。

やさしい書き方だなと司馬先生の伝え方のうまさにも感嘆だ。

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編集 / 2008.09.24 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
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地域ブランド創造を切り口に、地域再生、森林再生に携わる古川大輔が現場感あふれる日々をブログにアップ。コンサルタント視点のコラムもあり、地域経営、会社経営、人生経営のヒントにもご覧ください。 ~地域・地方にこそ美しい日本の宝あり~

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