【2つの「昔はね~」】




「今の日本人は、お米を食べない。

 ふん(糞)って漢字をみてごらん。
 
 米が異なったものと書く。お米が消化されて糞となる。
 今の日本人は、お米を食べない。
 あれは、糞じゃぁないんだ。
  畑のためにもならん!」


こういった面白い持論をもたれているオヤっさんに今まで多く
出会ってきた。私を刺激させてくださるこういった方々は、こ
の道何年とかの職人肌の方々が殆どである。しかしマーケット
から阻害されて、行き場、いや生き場をなくしてしまった人な
のである。いわゆる。


「昔はね~」

という人である。しかし、その昔はね~ということに2つある
だろうと気づいた。ひとつは、ただ嘆いて前向きに動いておら
ず、あのころはよかったという人。もうひとつは、昔はこうだ
ったが、わたしはそれを今も貫いていて、多くの人に伝えたい
と活動している人である。


「昔はよかった」とは誰でも言える。もちろん色々な代償があ
って今がある。それが単純に利便性だとか欲求性とかの低次元
な人間の欲の進化にしか過ぎないという人もいるだろうが、そ
れでは、過去の礼賛だけで、新たな未来はない。

どうせ「昔はね~」というのであれば、目の前やその辺の仲間
の酒のつまみとしてよわっちく語るのではなく、もっと未来に
生きる人に向けて公然と釈然と堂々と多くの人に伝えていこう
として語る「昔」でなければ意味がない。

今日も松江のある経営者に出会い刺激を受けた。「1時間では
たりないから、2時間にしてくれ」という農山村地域に生きる
プロフェッショナルが強さを公言したあるセミナーのCDを借
りた。このおっちゃん経営者と話しているとついつい時間が過
ぎてしまう。もっともとこの職人経営者を応援したい。そう思
うのである。


まとめたい。

いまそこで昔話をしているのは、単なる愚痴なのか、未来へ伝
えたいという提言なのか。その残し方、その伝え方、それ次第
で一般庶民が受け入れるか受け入れぬか。そこにマーケティン
グが生きる。私も成長していきたい。昔を嘆くな、もっと多く
に伝えていこう。自分の信じた正しさに多くの人を引き込むた
めに。



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