【オリンピックと努力、その解釈と未来化(自分事化)  】
カテゴリ: マネジメント/自己成長
【オリンピックと努力、その解釈と未来化(自分事化)  】


連日連夜オリンピックか高校野球か
柳沢慎吾の世界一長い始球式の話題か
というところですが、努力した人たちへの感想に、
口出すほどテレビコメンテーターは偉いのかと思うのですが、

太田忍選手の言葉が印象的でした。


「一番練習した人が一番になると思っている。
(今回、銀メダルということは、)
二番目の練習しかできてなかったということ。
一番になるために、もっと一番に練習したい。」

と言う言葉でした。
テレビ番組によっては、

「一番練習した人が一番になると思っている。
  一番になるために、一番に練習したい。」

と、間のところを抜いて放送されているところもありましたが、
それでは伝わらないですね。

いまの認識として、
二番目の練習だったという単語を出したところに、
私は感動し、それが、逆に、解釈の未来化があるように思えたのです。

たしかに、
勘違いもあるのですが、
禅のことばで「因果一如」というのがあり、
それを持ち出す人もいます。
因果応報とは違いまして、
因果一如とは、
~原因と結果は一緒のモノ。
頑張った、努力したからいい結果が出るとは限らない。
結果に期待を頂いてはならない。
目の前の現在できることに集中し、ベストを尽くす生き方
そして結果にとらわれない生き方が最善の生き方~

これは「悟る」というかたちになるときの
解釈の未来化であって、
何も努力するなということではありません。
だから実際にはほぼ同じ意味合いだと思いますが、

これは、
現在解釈の未来化ではなく、
将来解釈のより高い未来化ですよね。

で、戻りまして、
正直、オリンピックといっても
見たことがない、会ったことがない人を
「日本国」という同じ国民というだけの同類にまとめ上げて、
応援するオリンピックに意味をなさないかもしれません。

それでも愛国心的なものがあるとしたら、
竹島の件もふくめ、トランプ氏の暴言も含め、
8月15日を終えたいま、もういちど、考え直してみる機会になりました。

その個人を尊敬し、尊重し、
一緒に小さい時に、競争してきた仲間のどこかのひとが、
間接的に、上に立っている。

人の夢の一部にでもなれることが幸せで
それが共同体の幸せ。
それも自分の努力あってこその周りへの影響。

スポーツ自体の魅力が伝わり、
自分の生き方の指標となればと私はみるときに、
はて、自分なりの努力と因果一如の意味合いを
感じるまで生きているかどうかと、猛省しました。

夏も後半、秋を感じてきましたが、頑張りましょう!
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編集 / 2016.08.15 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
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地域ブランド創造を切り口に、地域再生、森林再生に携わる古川大輔が現場感あふれる日々をブログにアップ。コンサルタント視点のコラムもあり、地域経営、会社経営、人生経営のヒントにもご覧ください。 ~地域・地方にこそ美しい日本の宝あり~

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