【 まちづくり、失敗したら責任とれ?    】

【 失敗したら責任とれ?    】

政治家などで「責任をとれ!」
とはよく言われたものですが、
それって、
失敗したら責任を取るというものではなく、
挑戦していく過程自体が(小さな)責任を負っているものでなくては
ならないものだと思います。

ようするに結果にだけコミットするのではなく、
市民(依頼者)の信頼(付託)を受けて、
成功仮説に向けた動きやその挑戦にコミットすること自体を評価し、
その動き事態に責任を共に負うことが大事であると。

でも責任ってよくわからない。

大失敗した時だけ、

お金払えばいいの?
辞職すればいいの?

動きながら、動いていること時代が、本人なりの
リスクを持ちながらやっているかどうかということでしょう。

社会性の高いリターンがあるから
当人自体のリスクを持って動くことの意味合いというのは、
いまの地方創生の補助金依存において極めて重要ではないかと思います。

Playerはいっぱいです。

1)市民
2)ボランティア
3)パート副業
4)従業員
5)役員
6)投資家
7)スポンサー
8)公共職員

補助金がいっぱいだと
playerが増える?

確かにそうかもしれません。

しかし、
外野であーだこーだーいうより、
内野に入って、playerごとに、全員が「最終顧客」に向いているかが
最も大事なように思います。

行政職員の理想
コンサルの仮説

全て日常がそこにある住民視点で、
その事業体、企業体が、顧客視点であるかを中心に
目指していくのがまちづくり。

そこに、
日常のエンジンが必要だ。

私自身も地域によって変化する立場で
仕事をしています。
社員を雇いながら、
世のため、人の為、クライアントのためになる仕事を。
という船井幸雄氏のこの順番も深い、新しい責任を感じます。

そうすると
色々な活動をしていること自体がリスクであり、
いや、未来に向けたリターンが見えていけば、
一つ一つの行動が時間とお金に対するチャレンジであり、
自分自身が顧客であるという立ち位置においての
厳しさと愉しさを持ち、動いていかねばと。

某社長からの電話相談から
思った次第です。

ちなみに私は、
失敗する可能性があれば仕事を受けません。
失敗する可能性という理由は、
地域が閉じていて、素直でないということが一番の原因です。




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