【「幸せ」の定義と再定義 】
カテゴリ: マネジメント/自己成長
【「幸せ」の定義と再定義 】

行為には2種類ある。

自己充足的行為と
手段的行為。

この話は昔良くした。

それ自体をやっていることが楽しい(幸せ)というのと
何かのための手段的行為。

本を読む
小説を楽しんで読めば自己充足的行為。
受験参考書だったら手段的行為。

心地よく歩き汗をかくウォーキングなら自己充足的行為。
駅まで歩くだったら手段的行為。

という。

でももっと幸せとは、
目的をはっきりさせた手段的行為をやりきった瞬間にあったりする。

いやまたもっと別の幸せは、
手段的行為を自己充足的行為に変えていくことだったりもする。

さぁどう考えましょうか。

この日、
盛岡から岩手大学の学生が、川上村へやって来た。
インターン生(候補)としてだが、
「しかし、君おもろいなぁと
地域のリーダー上嶌さんに評価された」

そんな彼は、

盛岡→東京
東京→大阪

と夜行バスを乗り継いで関西方面にやって来た。
2泊3日かけるわけであるが、
こんな彼がこういった。

「2回連続の夜行バスの後、
 3日目、普通の布団で寝るのがすごく幸せなんですよね~」

と。

なかなか
幸せとはって、わかっとるなぁと思った私。


ヨーロッパの民話にこうある。
哲学者の先生と農家(畜産家)の話。

「先生、おうちが狭くて、広くしたいんです」

そうか

「家畜の牛を2匹家に入れなさい。また1週間したらくるから」

と、素直にそうした。

「先生!全然、家が広くならない、どうしたら!?」


「そうだな、次は豚を3匹入れなさい。また1週間したら来るから」

と、そして疑問に思いながら素直にそうした。


また1週刊がった。

「先生!やっぱり狭くなっただけです、次はどうしたら?!」

「そうだなぁ、次は鳥を5羽いれなさい。また1週間したら来るから」

と、そして怪訝になりながらもでも素直にそうした。


そしてまた1週間、3週間がたった

「先生!もう寝るところがないくらいです!もう我慢できません」

「そうかな?いまのままでもう1週間したらまた来るから」

と、彼は狭くなった家に工夫して住むようになった。

そして4週間となった、約一か月。

哲学者の先生はやって来た。

「どうだね?げんきかね?」と

「いや、もう精一杯なんです」っと農家。


「そしたら、全ての家畜を外に出しなさい。
 また一週間したら来るからと」


そして1週間後、
またやってきた哲学者の先生にこういった

「先生、家がとても広くなりました!!!!」

と。

幸せとは何かというときによく使われる題材(ストーリー)である。


さて、
皆様はここでどう思うか?


幸せとは「量」ではなく「質」でもなく、
相対的な「差益」を感じたときに産まれる脳の感じ方。

人の不幸は大好きさぁ♪
というボーイの唄もあるが、
他者との比較でもあったりするものだ。恐ろしいがね。
人間の本性。


であるとすれば、夜行バスの話もそうだが、
幸せの定義、いったん、そこまではいい。

では、その先に、皆が哲学者ならどう考えますか?


1)それを知ったうえで 
    幸せをコントロールした、人生を歩む。

2)幸せ(相対的差益)を得ることは、
   幸せの本質的ではないと考え、
     新たな幸せ(あるいは違う軸)を模索する。

3)自分の幸せより相手の幸せを考えたうえで、
   本当の自己犠牲ゆえの幸せを得られるかどうか。


みなさんはどうですか?
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編集 / 2015.10.13 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
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Author:古川大輔
地域ブランド創造を切り口に、地域再生、森林再生に携わる古川大輔が現場感あふれる日々をブログにアップ。コンサルタント視点のコラムもあり、地域経営、会社経営、人生経営のヒントにもご覧ください。 ~地域・地方にこそ美しい日本の宝あり~

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