【本気のB2Bフレンド】
カテゴリ: マネジメント/自己成長
【いま、自分は、本気で、本気ですと言えますか?】

             ~B2Bフレンドを創ろう~



子供の時、勝負事に負けたり、小さなプライドをくすぐられる
とよくこういう子がいた。

「そろそろ、本気だしてやるか~!!」

いつだって本気なのに?でもここから本気だしちゃったりする笑。


さて、幸いなことに、私はいま、仕事が好きで、自分としては
トビムシのミッションに資するためにも、地域再生のために新
しく「事業」を「創造」するために、やりたい仕事をして、追
って行く仕事をしている。

しかし、ToDoリストが溜まっている。

基本
やりたい仕事があり、追って行く仕事だが、
やるべき仕事が多く、追われる仕事も多い。

リストから逃げている自分も少しはいるのではないかと思って
しまう気づきを、ストレートに顧客(会員)から頂いた。

本日、研究会を終えた懇親会にて、酒の場も終盤になるころ、
ほろ酔いでいい感じの会員(お客様)にこのようなことを言
われたのだ。


「古川さん、もっと本気出してくださいよ!」

ギクっとした。


こころの中で一瞬「そんなことない」と。トビムシに参画した今、
明らかに「本気度」は高まり、責任も多くなり、人生を変える二
つの別れを経験し、「明日何が起こるか分からないいから、今日
やれることをやれ」人生にもっと本気になったと思っていた。


だから少し、「いや、それは違う」と口が走った。

人は一瞬、どこか、自分に痛い指摘をされると、自分はどこかで
それを認めながら、認めたくない自分が前に出て、ロジックを
無理矢理に組み立ててなんとか否定しようと努めてしまう。し
かし、しゃべっていながらも、なんだか、口と脳とが分離して
いて、おいおい素直になれよと思いながら話していることは、
なかろうか。


ようするに、口で言い訳して、頭で認めているのに、
口でも頭でも、認めて、素直になって、相手にお礼を言えない。


私も一瞬、言い訳をした。
しかし


「あほ、素直になれ」

自分のこころにいった。3分間。私は、いやそうだ、その通り
なんだろなと、反省し、「そうだね、ごめんなさい」と伝えた。


「古川さんは、私に、
君はこんなところにいる人ではない。
もっと上を目指せと、
いつもモチベーションを戴いているが、
そんな古川さんこそ、いまのままでいいんですか?」

と逆に言われたのである。

その会員は、研究会会員のなかでもっとも積極的でかつ吸収力
と応用力があり、売上業績につながっているとすぐ還元してい
ただいている。

「研究会の売上方程式で、経営計画がスムーズになった」
「工務店に有意な情報を持ててる」
「古川さんのあの話、私なりに応用して、新規顧客が増えた」


そんな彼から


「本気ですか?」という一言。

そしてもうひとつ。

この研究会はみな経営陣である。本日、マーケティング経営研究会
のゲストでは、新たに3名の経営者からの話が聞けたが、そのうち
の2名とその会員(専務)と私とで、懇親会の際こういわれた。



「やはり古川さん、

僕らとは違うじゃないですか?

これはイイ悪いとかじゃないですよ?

やっぱり責任ないし、雇用をしてないし。
命をかけて仕事をするというところまで来ていない。」

そう言われた。

無責任客体だからコンサルは価値があるという言い訳が頭を過ぎ
ったらもう終わりだし、トビムシは地域再生の世界で、脱コンサ
ルをしている最中だとか、事業創造をともにすることをいま目指
しているとか、それも、言ってしまっては、寂しい言い訳だ。


このマーケティング経営研究会(林材業ビジネススクール)の懇親会
は経営者でない自分にはない「特別」な「空気」や「時間」になる
ときがある。以前より、
私は、

1地球人
2宇宙人、
3経営陣、

といっているが、それくらいカテゴリーが違う。

本気になれ

A今のコンサル商品をもっと昇華せよ。
Bもっと営業して
C経営者(陣)という世界へこい。

いい具合でフレンドシップが出てきた会員メンバーに、
もっとB2Bの真剣さを出して欲しいという願いも込めて。

本日のゲストで広告業界からのご講演をしていただいたが、
いわく

「営業とは情報を持ってなんぼ」
「営業とは懐に入ってなんぼ」
「営業とはB2Bフレンドを沢山作ってなんぼ」

懇親会でも相変わらずの、人の懐への入り方は抜群だ。
京都AISEの方も知っているあの方だ。

以前も書いたが、
ビジネスだけじゃない関係。
フレンドだけじゃない関係。

それをB2Bフレンドという。

今日、私よりも年下の、経営陣に着く、この業界への改革者でも
あり、毎回大阪まで車で3時間の、地域からやってくる情熱家に私
が指導された。

私は、自分は、いま、本気と思っていた。
それは、間違っていた。

ホテルに付いて電話した。

「今日は、ごめんなさい、2次会いけなくて。
そして、色々ありがとう。
これから、より、B2Bフレンドとして本気だしていこう。」

そして彼とある約束をした。

そして、それを自分への約束に変換し、
自分により厳しく、自分への甘えを絶ち切って、
もっともっと素敵な「B2Bフレンド」を創って、自分を奮い立たせたい。

感謝。



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編集 / 2010.01.29 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
【新相模原市の メッセージ】
カテゴリ: 行政(自治体/地域/開発)
私が暮らす(といっても、月に数日しかいないが)
町田市のお隣、相模原市。

4月から政令指定都市になり、
2月2日に日経新聞社とシンポジムを都内で行う。
相模原に住む友人が、相模原市が
緑区・中央区・南区と3つになり、
津久井や相模湖などの名前が消えることをしらなかった。

このたび、森林ビジョン策定のお仕事で
相模原市庁舎へゆき、環境経済局長とお会いした。

こんな
素敵な局長(副市長の直下で6人ほどしかいない「局」の長)
とは、これから先の「相模原市のまちづくり」について
幅広く、熱く討議&素敵な談義をした。

4000人強を超える
職員の末端まで有名な名物局長らしいが、
本当に実績も含め、行政センス、ビジネスセンスが抜群でおられた。

近々、ハイボール談義でもしたいねと。


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ブランディングに、ポスターが多く露出。
それは・・


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見晴らしがいい都市 -サガミハラ


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合併して、森林率が5%から約60%に一気に増えたのは
これを、見てもよくわかるだろう。

旧相模原市と森林地域との関係性の再構築が
今後の森林ビジョン策定には大切なポイントとなる。

この日は
その後、津久井経済課へ移動し
津久井産材利活用の意見交換会へ。

素敵な素材業者様、製材業者様、大工・工務店様を集めての意見交換会。
前向きな意見が多く、少し私も熱くなってしまった。
地元だからかな・・・。

今後とも宜しくお願い申し上げます。



おまけ・・・
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編集 / 2010.01.22 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
【幼少時代の絵本と経験、思いで募集!】
カテゴリ: 本・映画・ニュース・メディア
幼少時代に、この物語を読んだこと、そして、自分の裏山で
発見したこと、この2つが決定的な理由で ホタルブクロと
いう花が大好きになった。


「大きい1年生と小さな2年生 」
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古田 足日
大きい1年生と小さな2年生 (創作どうわ傑作選 1)
著者:古田 足日
販売元:偕成社
発売日:1970-03



ご存知の方はいらっしゃいますか?


ずっと題名が「ホタルブクロをとりに」という絵本だと思っ
ていたのですが、違いました。幼少時代の恋と冒険物語のモ
ノ語り。体は大きいのに弱虫な一年生の男の子が、年上の女
の子のためとドキドキの冒険。そこで出逢った里山の風景と
、ホタルブクロ。

崖っぷちのホタルブクロの花つみに、彼女のために、取って
あげる彼は、その間で大きな成長をしていき、彼女も男の子
への見方が変わっていく。


あれ以来ホタルブクロが大好きです。天空の城ラピュタもそ
うですが、冒険もので女の子がいてという設定が好きみたい
で、自分がパズーになったつもりで、シータみたいな女の子
が好きになりました笑。


また


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「ちいさいおうち 」

ばーじにあ・りー・ばーとん いしい ももこ



ちいさいおうち (大型絵本 (3))
著者:ばーじにあ・りー・ばーとん
販売元:岩波書店
発売日:1965-12
おすすめ度:
クチコミを見る



こちらの絵本もご存じの方はいらっしゃいますか?


田舎の小さな家。ここには、花畑やリンゴ畑ががあり、素敵
な景気があった。しかし、そのまわりで、ドンドンと都市開
発が起こり、ビルが次々にたち、マンションが建ち、そして
最後に残された一軒のおうち。せつない気持ちになりながら、
本書は「絵」本であるという最大の利点を生かし、都市化の
問題点をさりげなく子供に伝えた名著だと思います。


私は、この二つの本とともに、町田市小山町でどちらも原体
験がある。ホタルブクロをとって遊んだし、裏山が消えて多
摩地域は大開発が行われた・・・。


幼少時代の、原体験(絵本×実地体験)は、空間認知や人格
形成において、極めて重要だということを再認識した一日、
ずっと高野山の金剛峯寺山林部で、高野山のイキモノをどう
伝えていくか、どうまとめていくかという打合せ。

生物の多様性は、仏教界では既に弘法大師空海の時代から説かれていた。


禽獣草木皆是法音(きんじゅうそうもくこれみなほっとん)


生きとし生けるものはみな曼陀羅であり、仏の教えである。


こういった経験ができなくなれば、それこそ絵本、土地、
遊びすべてにおいて「日本」というものの喪失になるだろ
う。何を原点に仕事をしているか、


みなさんの絵本、好きな植物、原体験、募集です。


ぜひとも、今回は、皆様からの、ご返信を多数お待ち申し上げます。
編集 / 2010.01.20 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
【ゆず&りんご スイーツ ゼリー 西粟倉村】
カテゴリ: 地域ビジネス(地域資源、観光、農業)
東京オフィスでひととき。

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西粟倉村の「ゆず」と「りんご」のスイーツ ゼリー♪
トビムシ占部(うらべ)さん作です!

美味しかった!!

やはり「素材」×「加工力」×「物語」ですね・・・。

近々、トビムシカフェ(バイテン)
でお目にかかれるかも!?!?

編集 / 2010.01.19 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
【初めての記憶喪失】
カテゴリ: マネジメント/自己成長
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◆奥に見えるのが東京ドームホテル。
山の手線内にわずかいくつかしかないうちのひとつ
全面サッカー場がある、小石川運動場。


昨日(日曜)大学OBチームのサッカーで、
前半終了間際、的のファールで引っ張られて、
そのまま頭を強打し、その後30分くらい記憶がありませんでした。

「ここはどこ?私はだれ?」という状況。


ハーフタイムに「大丈夫?」と聞かれて
「俺やれます!」って言っていたらしいのですが、
後半いいプレーしてたぞって言われても何も覚えていない。

初体験。

それよりも、試合終了後、そのことを話し
色々と気を使っていただいたのですが、それでも

「んで、フル!いわゆる過去は忘れた?」

っと突っ込んでくれる先輩が嬉しい。

残念ながら覚えています笑。

その後、新宿でMくんに会い、
そのMくんのお兄ちゃんも
バレーボールでそうなった経験があると教えてくれ、
もっと僕よりひどい状況でした。

その後の対応方法も教えてくれました。
ありがとう!

頭、まだちょっと痛い翌日、冷静にしておりました。
みなさまも気をつけましょう。


編集 / 2010.01.18 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
【蔵前 結わえる】
カテゴリ: 地域ビジネス(地域資源、観光、農業)

前職の同期のお店で
トビムシ新年会を行った。

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店舗の看板が非常に情緒的。

店内の無垢の木は
吉野川上村の吉野杉工房から仕入れてくれた。
彼を川上村に連れてきて、吉野林業の山林を案内して、
かれは、その美しさや理念や歴史文化にとても共感してくれた。

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川上村の吉野杉工房(木工センター)の無垢のテーブル
(TEL:07465-3-2133)


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西北商店の樽 (川上産吉野杉)
http://www.taruya.com/




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彼の独自のルートから、「いわて蔵ビール」
「牡蠣ビール」がすごく美味しかった!!


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ミニ白菜。厳選された食材も販売している。
(台湾の故宮博物館の翠玉白菜に似てる・・・!?)
http://www.npm.gov.tw/ja/collection/selections_02.htm?docno=1244


色々と荻野社長、ありがとう!


蔵前 結わえる

店舗 東京都台東区蔵前4-5-4
電話番号 03-5829-9929
編集 / 2010.01.18 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
【人脈マネジメント】
カテゴリ: マネジメント/自己成長
「人脈にはマネジメントが必要だ」


本日、別件の後、私の大学時代の先輩の京都大学の准教授(講
師)に出逢いにいった。農村計画学が専門であるが、今年、先
輩から久しぶりに年賀状が届いた。そこには「研究でバイオマス
をやっているので、ふらっと京都に寄った際、林業の話を教え
てください。」と。

そんな手書きの一言の年賀状があって、以下の件で京都の瑞泉寺
を訪れた本日、学術の世界から遠ざかった自分として、高野町で
得られたStrategic View(戦略的眺望)という景観形成の理念に
ついて、少し情報交換もしたかったゆえに、土地利用の専門家に、
電話し、訪れた。

「いま近くにいますが会えます?」

そして、夜20時に研究室へ。

もともと「補償の理論と現実(華山譲)」を薦めてくれた、
土地利用の専門家の先輩。

いままでは、話すらできず、出逢えなかったとある教授をも
紹介頂き、先輩とその3人で、地域計画の理論家と実践家と
の狭間について熱くディスカッションをした。


最近の研究が、科学のためなのか経済のためなのか政治のた
めなのかわからなくなっていると研究者側から提起があり、
それは例えば、研究を、強引に産業化しようとするサービス
業化(たとえば、二酸化炭素、バイオマス関係)が横行しつ
つあり、現場感も乖離し、研究思考もマヒ状況になっている。
(ことも否めない)と。

たとえば、それに疑問を持ちながらも、研究費が一気につい
たとたん、金に流れ、研究が盛んになるが、それらが本質的
かどうかなど、ビジネスだけでは違う視座を久しぶりに私の
脳みそが反応した。

いま、ヨーロッパを中心とした、資源のない国が新しい産業
を創るための新たなサービス業を創造するための研究という
思惑で、日本の省庁も踊らされ、その金が動き、研究者が踊
らされている。

それが二酸化炭素やバイオマスだという。

無論全否定はしない。
しかし

日本の現場感としては、たとえば私の感覚だと、もっと普通に
林業であれば、QCDの強化や、研究視点によるサービス業の
創造ではなく、地域を素直に紡ぐという物見遊山の観光ではな
いおもてなしや、販促活動の強化、などで、まだまだ日本の地
域の場合、ストレートにそれらの基本的強化を行うことで、ま
だまだ雇用は増加すると考えている。

現場の「仮説」を持った強力な研究者としての人材の減少。

それは、理論家(研究者)が、現場から遠ざかっただけで
はなく、それをつなぐ戦略家(翻訳家)が減ったことにもよ
る(だろう)。

昔のプランナーはその戦略家というポジションだったそうだ。

ゆえに、現場の声を拾い上げ、研究者(理論家)へ託す。理
論家は一年数年単位のPL、BS、CFに左右されることな
く研究できる。そういった意味で、戦略家の存在が、純粋に
研究できることにつながり、結果、翻訳家が現場に応用し、
すべての関係者をハッピーにすることができる。

いま、研究者としての理念が、多くの国から振られた予算に
よって振り回される現状を憂い、世間の流行を突破し、自ら
の枠組み(問題意識)をもった学生や研究者が減少している。

方やビジネスの世界では、学術の世界を軽視し、理論希薄の
まま色々な商機(勝機)を自ら失う経営者も多い。

理論家
↓↑
戦略家
↓↑
実践家


の関係の構築。人脈にはマネジメントが必要だと、大学時代に
云われたのがよくわかるとその先輩はいう。研究者のみの空間
がその視野を狭くするが、ビジネスも然り。

たまにメール、たまに手紙。自分の人生を豊かにして、研究(ビジ
ネス)の視点も広げられるのは、人脈マネジメントにあると。

だから、どんな人とでも、サンキューレターは必要です。

「あ、いま、近くにいるんですけど?会えます?」

それで会っていただける関係性が嬉しいです。また訪れます。
ありがとうございました。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
♪3♪『本日の学び』
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「知識が人生を豊かにするのです。」レッドクリフ 諸葛亮孔明

瑞泉寺
・「よく訪ねてくれました」
・「この縁、イラストレーターの学(息子)が会わせてくれたんだ」(住職)
  すべてが必要必然。
 http://www.higan.net/blog/bouzu/sect/jodo/nakagawa_1/

(デジタルなのに暖かい絵を描く、私の従兄弟の従兄弟)
 
・豊臣秀次と瑞泉寺と高野山(金剛峯寺)
・仏法僧と奥の院と雨月物語


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京都 瑞泉寺


これまた不思議な縁だ。

私の父の姉の旦那様が昨年亡くなった。私にとって伯母さんの
旦那さんの実家が京都のお寺さんであるというのは聞いていた
が、それがまさか、高野山と非常に縁のあるお寺さんであると
は知らなかった。

私の従兄弟の従兄弟に当たる人が、お坊さん(副住職)でイラ
ストレーターであるということから「ろびん(神楽坂)」とい
う喫茶店に展示されている絵を、西原くんと見に行ったのは最近
のこと。

おばさんや従兄弟からご紹介していただいた。

なんともデジタルでありながら
こんなに心温まるな絵画にウトウトとしてしまい、
ぜひ我々の高野山の尊厳護持の世界をPOPに描いて頂けたら
新しい空海の世界感が伝わるのではないかと、
近い将来、一緒にお仕事できたらいいなということもあり、
まずは遠い親せきということでご挨拶にいったのである。

叔父様のお兄様であたる住職さんはとても素敵な方だった。


実は、その瑞泉寺は、かつて処刑の場とされた京都の三条河原
のすぐ近くにあり、豊臣秀次やその関係者が祭られているのだが、
高野山真言宗の総本山、金剛峯寺の柳の間には、豊臣秀次の処
刑の間があり、秀次が太閤殿下の反逆者であったかという事実
は別としてでも、高野山に遣られ、処刑をしたという事実の解釈
には難しさがあるが、秀次という存在を伝え続けてくれている
高野山(金剛峯寺)に感謝しているという、その瑞泉寺の住職さん。


雨月物語(上田秋成)にも、仏法僧、秀次の話が出てくるが、
高野山の山林ゾーニングのひとつに、奥の院の周辺の森林は
仏法僧の森と命名しているが、それにしても、非常に縁がある
と言わざるを得ない。

秀次、
首は京都の瑞泉寺
胴は高野山の光台院にある。

詳しくは
こちら尾上組の兄貴のブログ(高野町)に譲ろう。
http://lunta.way-nifty.com/wind/2009/09/3-38ed.html


「亡くなった叔父様、そして副住職の絵が、
 我々に縁を作ってくださったんですね」

こんなに心温まるな絵画にウトウトとしてしまい
色々な意味で、親類、親戚とのご縁を大切にしなければと。
さらに、親戚一同皆様の健康や家内安全を特に祈念申し上げます。


<京阪の特急>
一切、広告がない。なんでだろう・・・。
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編集 / 2010.01.12 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
【2010年の決意 事相教相】
カテゴリ: マネジメント/自己成長
始りました2010年!!
マイナス5℃の極寒の高野山。


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バスのタイヤが美しい



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白銀の世界に

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お気に入りの靴。

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実はこれブーツで、プーマ×NEIL BARRETT の企画モノ。
ファッションに詳しいセレクトショップの友人・経営者から薦められて購入。
海外からの問い合わせが多く、彼の独自のルートでイタリアから仕入れたのに
いまはベルギーに商社にいってしまい、日本にはもうないそうで、
そういわれるとやはり、こんな私でも嬉しくなり、大切に使っています。



【新年の決意】

昨年末に「2010年 予測!」的な雑誌を買い漁り、正月に、読
み漁りました。

・WEDGE
・プレシデント
・ダイヤモンド
・SPA
・日経ビジネス

これら全部買うと愉快で、並べると爽快ですが、全部、キチキ
チ読むのは以外に、難解です。私、ビジネスパーソンとして政
治経済に最低限キチんとついていける知識があるともいえず、
森林・木材ばかりにならぬよう、あくまで「経営コンサル」「
プロデュース」という視点(知力&行動力)を高めるためにも、
今年は、あえて業界外の、知恵に多く触れ合うつもりです。

その中で、ひとつ。

プレシデントでサッカー日本代表の岡田監督のスペシャルイン
タビューの記事がありました。Jリーグマリノス監督を03年
から07年とされてましたが、03年は、就任早々に優勝した。
しかし翌年からは思うような結果がでなかった。

初年。選手に理論を教え徹底させた。組織として結果は出
した。しかし、選手が思考停止になった。「おい、そこはド
リブルでもいいのに、なぜ機械的に外へパスするんだ・・・」
と。それに悩み、翌年、あえて理論を教えず、自由にさせた
、すると結果が出なかった。

サッカーはあくまでもプレーヤーの判断による。

個人と組織
理論と実践
人材育成と結果主義

「人を育てながら勝つ秘訣(秘密の鍵)」

それを探したくく、その後、あらゆる勉強会へと学びの場を
広げたそうです。稲盛和夫さんの「盛和塾」にも通い、一日
3回の勉強会をハシゴも経験された。

秘密の鍵こそみつからなかったそうですが、仮説は得られた。
そこで07年。日本代表監督のオファーがやってきたとき、
快く受け入れられたそうです。

現場感と利益(結果)感覚なき「勉強好き」は、ビジネス
では不毛でかつ不要です。現場でのリアルでハードな経験
なしに勉強会のみ参加していくの、は無意味でしょう。

事相教相
(じそうきょうそう)

という言葉を、新年に、クライアントの僧侶からお教えい
ただきました。真言密教の言葉ですが「事相教相、二輪を
為す。」事実(実践)と教え(理論)とは両輪でなくてはな
らない。片方だけでは、いけないという。

年末のトビムシ通信の竹本代表の執筆内容には、本当に
100年の不況だったのか、本当にCHANGEしたのかという問い
かけがありました。不況という外部環境は数字が物語って
くれますが、内部環境のCHANGE、すなわち自分の意思でも
って「変わった」のか。

私なりに、岡田監督に習うとしましたら、徹底的に私の中
では、ある2つの地域の現場でリアルでハードコアな体験
(実働)をし、それ以外の視点では、可能な限り業界外の
情報(勉強)に触れていくという分け方で、がっつりと、
2010年を送り、トビムシの理念に資する結果を出していきたい。

そんな1年にしたい。
本年もよろしくお願い申し上げます。

今年も(自分自身に)問いかけます。

「スポーツ選手の練習(実践)に当たるモノ
               、それは何ですか?」
編集 / 2010.01.08 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
【田舎に泊まろう 新春特番 川上村に石田純一 】
カテゴリ: 本・映画・ニュース・メディア
1月3日18時~、竜馬伝は再放送に譲り、
「田舎に泊まろう」の新春特番を視ました。

今回のテーマは「2010年 ちょっと気になる田舎」。
民主党政権の目玉政策、“ダム工事に揺れる田舎”等、話題の里へ。

http://www.zf-web.com/variety/inaka/archive/2009-12/
ぎふ放送

http://www.tv-tokyo.co.jp/inaka/backnumber/thisweek.html
テレビ東京


今回、このテレビを視た理由は、二つあります。

1この番組による
 都市(芸能人)と農山村(地域人)との交流が面白いから

そして、もうひとつは

平成12年(大学院生時代)に
国土交通省(当時 国土庁)の地域づくりインターン 時代から、
お世話になっている、
僕の人生(視点)を変えた
吉野郡川上村に、あの石田純一さんが、キタ!ということで

2 川上村をどう写すか(伝えるか)

ということで楽しみにしていまして、
ずいぶんと知人にも、このテレビを宣伝してました。


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ちなみに、
私は、いま川上村の観光PR隊員として、
「かみせ大使」というものを、村から、仰せつかっておりますので
ここにて、PRをしなくてはと、パソコンにすぐ向かいました。

また、いま先ほど、
熊野や福井などの友人から、テレビ映ってない!
とメールがきましたので、このブログにて、宣伝いたします。


あれは、12月中旬でした。

いつものように仲良くさせていただいている役場職員と
飲んでいるとき、

「そういえば、
こないだ石田純一が村にきたよ!
田舎に泊まろうってやつで1月3日に放送だって!」

「ほんと?」

「あれって役場にアポとか取ってから、くるの?」

「いや突然だったって。
 やらせ とかじゃなく、
 いきなりやってきて、それで。」

「で?なんで川上村?」

「いや、ダムの話で、選ばれたらしいよ」


そうなのです。

ダム事業の仕分けという視点「のみ」で、
いま八ツ場ダムは注目を浴びていますが、

実は、
いま、進捗しないダムの揶揄として、

東の八ツ場(群馬県長野原町)、西の大滝(奈良県川上村)といわれ方をされているのです。

昨年11月末日には、産経新聞で
高野山の高野霊木の記事の隣に、
この、川上村のダムの記事がありましたが、
西の大滝ダムってどこだ?と思う方も多いでしょう。


それが、吉野杉の主産地、
吉野川の源流にあたる川上村に建設されているダムのことで、
大滝(集落)は、
吉野林業の祖といわれ、吉野林業全書を著した
土倉庄三郎の出身地区でもあります。

川上村の入り口に、
吉野川の絶壁に「土倉庄三郎 翁」の名が彫られているのは
ひとつの観光名所にもなっています。

その先、すぐ熊野方面に向かって
「柿の葉寿司」で有名なお店を過ぎたすぐ先に、
国道169号にそびえたつダムがあります。
それが大滝ダムです。

このテレビのテロップにも「47年未完成のダムの田舎」とありましたが、
そうなんです、実は、計画してから約50年、
まだまだ実働していないダムが、吉野川(紀ノ川)の源流地域にあるんです。


という入口で、

川上村に、石田純一さんがやってきました。



そもそも
この大滝ダムは、伊勢湾台風の悲劇を起こしたくないという理念(理論)のもと、

昭和37年にダム建築も計画があがったものも、
ダムの反対運動、補償・移転問題で、計画がドンドンと先延ばしされたのみならず、
ようやくに、平成14年にダムの本体(堤体)が完成しました。

私が学生時代にいったとき、
平成12年(2000年)の夏のころ、
まだ吉野川(本流の大川)はきれいで、川泳ぎや飛び込みをしました。

しかし、平成14年に、完成したにもかかわらず、
実は、その年、試験堪水(徐々に水を溜めてみるダムが機能するかの試験)のときに、
ある集落(白屋地区)で、家が傾き、土砂が崩れ、ヒビが入ったことで、
もともと移転対象になっていなかった、その集落地区が、
また全戸移転しなくてはならず、ワイドショーなどにも、注目されたのです。

「人口2000人の村に
 3200億円をかけてダムはいるか」

というワイドショーの内容には、
あるコメンテーターが、多くの村民の気持ちを無視し、
知見の違う残念な内容がメディアに発信された面もあったのですが、

「知らない」村から「知ってる」村になるだけでも、
プラスと考えていきたいと、それは私の中でも
「川上村を伝えたい」の原動力にもなりましたし、
いまの仕事の原点にもなりました。

しかし、実は、まだまだ、
その大滝ダムは、本体はできても、
強度を高めるための川岸の補強工事はまだ終わっていないのです。


聞いた話ですが
この「田舎に泊まろう」の取材、最終的に役場の対応としては

「ダムに関しての否定的な、一辺倒の話を
 論じるような伝え方にならぬよう、配慮して頂きたい」

とだけ伝えられたそうですが、
シナリオありきの番組(制作)だとどうなるか、
不安もありながら視ていました。


そんな中、川上村は

「受益と負担」
「計画プロセス」
「合意形成」
「補償の理論と現実」

という「概念」や「合理」を改めて考えるに、非常に「勉強」になる場所なのです。

しかし「勉強」は、「大学」にはありませんでした。

「地域」は「勉強」の「対象」ではありませんでした。


私の師匠である川上村の役場職員や林業家からの
情理的な「教え」が、わたしの新しい「勉強」でした。

「おい、大輔!
 地方役場の職員は、オールマイティでなくちゃならん」


「おい、おまえ、そんなんも知らないのか!わかるか?」

なんども教えてもらいました。(飲みました。)



「ダムの恩恵を受けるのは、実は、都市部であり、
 上流(源流)地域の保全(犠牲)があってこそ、
  洪水が防げる、電気が得られるということは、わかっているのか?」


「ダムは要らないと主張し続けたたけど、
どうしても国の理屈で、故郷を捨てざるを得なくなった村民やその土地の
気持ちを考えたことがあるか?」

「同じく、ダムは要らないと主張し続けたけど、
それはゴネてるだけで、結局、補償金額を上げるだけなんじゃないか
と言われる(本当にそうかどうかは別として)気持ちを考えたことがあるか?」


「本当に、苦渋の決断をしたというのは誰だったのかわかるか?」


「とはいっても、
 いま不要なダムもあることだろう。必要か不要か、その根拠は
 科学的にも、政治的にも、いかに難しいことか、わかっているのか?」

「いまは未来に向けて村の構想を描く、その吉野川源流物語の意義はわかるか?」

「地域づくりってなんだと思う?」

 
当然、わからなかったし、しらなかった。

大学で机上の空論をしていたころ、
その、なんども通った川上村で、地域の人たちや役場職員の人たち酒を飲みつつ、
そのリアルを教わりました。

そして、なんともいえぬ気持になり、

大学院時代の論文で
「吉野川での子供の川遊びについて」研究したものです。

ダムができて環境が変わったから、子供が川で遊ばなくなったのか。
社会(集落)機能の変化と川遊びの変化の相関はあるのか。

「山村とは何か」を教えていただいたのもこの川上村の皆様です。

そんな20代中盤の出逢いが私の原点であり、
いま、地域再生の仕事をさせていただいておりますが、話がそれました。


そう、
石田純一さんの訪問、だったのです。

川上村
人口1927人
特産品 吉野杉 アユ


今回のテレビ、

なにがよかったかって「ひとつ」だけ言うとしましたら、

あの、元助役の上田さんが、男手一人で招待したこと、そのことの価値でしょう。
(知人おばさんのもかなり笑いを取り、ナイスでしたが、笑)

私は、
この番組制作者がどこまで狙いだったかわかりませんが、
これは私のつたない所感と思ってお読みください。


この「田舎に泊まろう」というのは、

田舎の「家族」に囲まれて、地域愛、家族愛、郷土料理に触れて

そして、混ざりモノの最先端「TOKYO」の人が、涙を流して帰る

という絵柄がメインのストーリーです。

それが楽しくて、テレビを見る人も多く、

今回の

相田翔子(WINK)
国に頼らず自分たちで成功している
元気な田舎にいきたい!
徳島 ゼロから再生した田舎へ
徳島県上勝町
1991人
特産品 ユズ シイタケ
県内で一番の高齢化率



武田修宏(42)
「学力NO.1の田舎に行きたい!」
特産品 はたはた
秋田県・八峰町



石川梨華(24) 
石川県珠洲市
17726人
天然塩 能登まつたけ
試験的地デジ対応地区



みな「夫婦愛」や「家族愛」のもと
家族の団らん、地域の食事に囲まれていました。

しかし、
川上村の場合は、村の「おとうちゃん」独りでした。


RIMG0039.jpg
石田純一さんと上田さん


毒舌1人暮らしのオヤジ宅
というテロップに象徴されますが、

実は、
清流吉野川の淵で育ちで、役場で働き
大滝ダム建設発表の年、昭和37年、結婚されたが、
しかし、最近に、奥さまを亡くされて、
ダムができて、環境が変わった中、
新しい移転先の家で、独りで生きる70代の上田さん。

学生時代、
助役でして、色々とお世話になりましたが、


「ここは、えぇとこだったんだよ」

とダムが水没する前の絵画を石田純一に見せ、
情緒的になり、ダムは今からでも廃止して欲しいと昔を思い出し、
ホロリと、積年の想いの中に、ふと口を開かれたのは心に響きます。

上田さんの前に、
最初に尋ねられたおうちは、実は、
石田純一さんがピンポンと押すと、


「ダムの取材はもううんざりなんですよ」

という
住民の対応のなか

「でも、やはり石田さんだから、話をしたい」

という、その住民の気持ちは
なにかすごくダムのある村の気持ちを表現していたように思います。


それでも、
これから未来に向けて生きていくという
上田さん、ひとことひとことが、石田純一さんに

「うん、うん」と吉本張りの笑いと説得力でうならせていたのです。

その上田 元助役の話は、
この番組の中での、いいスパイスであったし、
きっと、石田純一にも、いいスパイスになったことでしょう。


なぜか、話題の靴下を履かないということに対しても、

「それも一つの何とかになってるんだな」

というセリフは、

ひとつでも何かこだわりをもち、話題を作るという、
自己研鑽、経営視点の「差別化」の話をされたことですし、

ちょうど話題も話題の、
4度目の結婚前の石田純一さんに


「今度 は 相手のこと考えて 辛抱して 長くな」



いつも、白髪美しき、また情熱あふれた父さん的存在でした。
そんな「お父さん的」存在がたくさん川上村にはいます。

(だから、お小遣い溜まったら川上村へ、と学生時代に何度も私が通ったものです)

また、石田純一さんが
食事の際、マイ箸を使おうにも
吉野杉の割り箸を提供し、

「(吉野では)これが当たり前だ、
 木の廃材つかってるんだから、(環境にいいんだし)、使いや」

と言われたのですが、説教がましくは伝えず


「やっぱりもったいないので・・・」

と石田純一さんは、マイ箸を使ってましたが、
吉野流を押し通さず、そんな気遣いにも、やさしさがあったように思います。

(森林資源の活用と循環社会の構築のために、
 マイ箸ではなく、国産材(吉野杉)の割り箸使ってほしいですけど笑)

そんな
人生の大先輩のひとつひとつに、
妻との在り方、生き方というレッスンが、とても響きました。

最後に、またこう言いました。

「男一人やし、
もてなしが、できずごめんな。
せっかく山奥まで来ていたたのに、申し訳ないな」


こういうおじさま(おっちゃん)がたくさん川上には居ます。

いや、田舎に泊まろうになかなか出てこない
「独り暮らし」のおっちゃん、おばぁちゃんは多いものです。

それでもこの笑顔は
みているこちらも明るくなりました。

田んぼのない村として、
農村とは違う山村の川上村も
どこも過疎地域であるといいながらも、
やはり「奈良県人」であり、弁が立つし、笑いがあるのです。


上田さんの手作りの木工品のひとつ、
石田純一さんにストラップをプレゼントされていました。

「ふくたろう」くんです。

RIMG0051.jpg


実は、川上村には、匠の聚(たくみのむら)という
芸術家村があります。

ここに、芸術家が集まり、
地域コミュニケーションを図り、芸術家の作品展示や
カフェもありますが、そこで、芸術活動をされて
去年亡くなった彫刻家が、デザインした「ふくたろう」くん。

山椿の枝など、吉野杉の間伐材など
山村資源を有効活用したいくつもの作品をつくられてきた
彫刻家「松本鐡太郎」さんのデザインは、受け継がれ
上田さんを始め、地域の「おっちゃんたちがたくさん作っています。


RIMG0042.jpg
私も友人にいくつかプレゼンとしたことがあります。
(私も大切にしていて、これは亡き鐡太郎さんが創ってくれました。)


RIMG0050.jpg
ちなみにこちら上田さんの木工品


RIMG0040.jpg
まだ水が溜まっていない大滝ダムの裏側を見て


さて、最後に、上田さんの
生き別れした奥さまをしのぶひとつひとつのおことばに
石田純一さんが、「うん」と素直にうなづいているシーンが印象的で、


「理子を幸せにします、生きている限り、
健康で頑張らなければならないけれども、彼女を幸せにします」

とテレビの前で、宣言しておりました笑。

偶然とはいえぬ、必要必然の出逢いとして、
石田純一さんの頭の中に、川上村の上田元助役のひとことひとことが
残ったことでしょう。

離婚したら
川上村(上田さん)を裏切ることですよ!
なんて、思ってたところ、

最後に
「どうですかね?りかちゃん」(司会:徳光)

「ウソじゃないといいですね」(石川梨華ちゃん)


に突っ込まれたところで終わったのも
また、彼なりのご愛嬌なんでしょうね。

~~~
ちなみに、この川上村は、
この大滝ダムの完成を目指し、
それに伴い、吉野川源流地域に位置する村として
あらたな「源流物語」を策定し、
 ホテル杉の湯
 森と水の源流館
 匠の聚(たくみのむら) 
 川上さぷり
 吉野杉工房

 ちょっとよってんけぇ川上ブログ

 
など、ダムを契機に、源流地域としてのミッションを未来に向けた
「情報発信」や「地域コミュニティの提供」をしています。

ぜひ、足を運んでみてください。
~~~~~



おまけ

~上勝町のメモ~

相田翔子さん

「東京歩いていて
小枝拾えないですもんね」

というセリフが印象的で、
小枝を拾って、それを、オシャレに工作して
宿泊先にプレゼントされたシーンが
ストレートに心に残りました。

RIMG0048.jpg




有名な、上勝町。

もともとみかんで生計を立てていたところ、
昭和56年の記録的大寒波で全滅。

営農指導員の横石さんのひらめきにより
昭和62年、つまものを資源にビジネスを展開。

いまや、年間2億5000万円
葉っぱビジネス、100軒が元気に参加。

「大変ちゅうことないけど楽しいですよ」

寝たきり老人ゼロ

「今は最高の生活をしています」

という、ツネコばあちゃん。
生産管理のために、79歳で覚えたパソコン。
一日の売上 23,940円 というデータもテレビで公表。

「東京では1万円稼ぐのも大変です」

と相田さん。

パソコンから、出荷価格の順位が出る。

「あがったな、さがったなって楽しみなんです」

RIMG0045.jpg

という、86歳のビジネスガール
マイクロソフトの企業市民活動
ポスターのモデルに。

「みかんじゃ重くて持てないけどね」

もうけたお金で
孫夫婦の新築(1000万)、
自宅もリフォーム(300万)したという。

「大家族でいられるのは幸せです。」
という笑顔

最近、
「暗算大会優勝」したそうですが、
それに対して、
「パソコンやってるから」
という90歳近いおばあちゃん

やはり元気で楽しくが基本ですね!!









編集 / 2010.01.03 / コメント: 2 / トラックバック: - / PageTop↑
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プロフィール

古川大輔

Author:古川大輔
地域ブランド創造を切り口に、地域再生、森林再生に携わる古川大輔が現場感あふれる日々をブログにアップ。コンサルタント視点のコラムもあり、地域経営、会社経営、人生経営のヒントにもご覧ください。 ~地域・地方にこそ美しい日本の宝あり~

⇒【連絡先】
株式会社 古川ちいきの総合研究所 
E-mail:furukawa@chiikino.jp

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