【デザインのデザイン(その3)】  ~欲望教育~
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最後です。


結局このデザインのデザインを読み、一番私の記憶に残ったキ
ーワード(フレーズ)は「欲望のエデュケーション」というも
のだ。私はこれをストレートに「欲望教育」といってみたい。



ちなみにこの本で「無印良品」がどうやって新しくリニューア
ルしていったのかというのは原研哉さんの「想い」がきわめて
こめられていたプロジェクトであり、詳細に記述されているの
で、シンプルイズベストの裏側にある無印良品のデザインコミ
ュニケーションをよく知ることができる。「無印良品が手にし
ている価値観は「世界合理価値」というもので、きわめて理性
的な観点にたった資源の活かしかたやものの使い方に対する哲
学である」というのは名文だ。


さて、欲望教育。


いまやよくマーケティング技術が高度化して、精密に「スキャ
ン」していると原は書いているが、これは潜在的に消費者が求
めている欲求というのを分析しても意味がないのではないかと
いうことである。

結局、その消費者の欲求を変革させなければならない。ゆえに、
欲望のエデュケーションといっている。美意識をどうやって成
熟させられるか、「日常こそ美意識苗床」であるし「義務教育」
でも「美」の教育は、必要ではないかと主張している。


日本に「美」がない象徴的な例。

例えば、車。よく国産車への批判としては、外車と比較して美
意識が足りないといわれる。BMW、アウディ、ベンツなどの
人気が高いのは、ブランドイメージの強弱だけではなく、こう
いうクラスのクルマに対する日本人の意識水準が欧州のそれに
比較して低いからであり、もっと「品質」「品位」「品格」を
総合的に、市場の欲望の底にあるべきだと。表層的なマーケテ
ィングで、経済活動すなわち欲望活動を、新奇性の商品を提供
するだけで廻すなといいたいのだろう。


例えば、住宅。日本の住宅展示場を見たらこれは大手メーカー
の画一的な商品、そしてその広告が意識水準を下げている様に
思う。「住宅事情の悪さを日本人は宅地価格の高さのせいにし
たがるが、そうではない。住空間に対する美意識が成熟してい
ないのである。つまり、欲望の水準が低い」と書いてあるが、
これはどの分野にも当てはまる。一国一城の主が、汗水働いた
お金をこんな「非:美的空間」に費やすのはもったいないとい
いたそうだ。それには「美」に触れなければならない。


結局、アメリカ型だか、ヨーロッパ型だかわからぬが、マーケ
ティングの反復によって「怠惰」で「ゆるみ」のある商品に変
化しているのではという非難は痛いほどよくわかる。やはり「生
産技術」と「文化レベル」の競争にシフトし、他の市場をインス
パイアしていくデザイナーでありたいという強い想い。


以下は私のまとめ。



市場の育成とは、
欲望の育成である。

欲望の育成とは
美意識の育成である。

美意識を植え付け、欲望を喚起し、市場を育成して、
理念を利益へと変えて、
デザインの役割をもっと日本文化の定着へ。


そういっているように思えた。美しいものは美しいのである。
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編集 / 2007.12.28 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
【デザインのデザイン:原研哉 (その2)】 
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続きです。

今回は、1)アメリカ 2)ヨーロッパ 3)日本 のなかで
デザインが産業や生活の中でどこに位置づけられているのか、
そしてどんな経済的価値が生まれ、そして、文化的価値が生み
出されているのかが書いてあったので、その話をまとめたい。


その前に、デザインの概念ってそもそもどこからきたの?とい
うことだが、それは150年前のこと。イギリス産業革命の進
行に伴い、機械化された商品やそれを使うその生活が粗悪化か
つ単純化していことに対しての反対運動であった。有名なのは、
ウイリアムモリス(詩人、思想化、デザイナー)とジョンラス
キン(思想家)の活動。とくにウイリアムモリスの活動は、「
アーツ・アンド・クラフト運動」と呼ばれているが、徹底的な
機械生産による弊害を厳しく批判し、職人の技術を擁護し復興
させようという近代への反発であったために時流にうけいれら
れなかったという。


私が大学院生時代に、国立科学博物館付属 自然教育園の園長
の話を聞きに行ったことがあるが、「私はね、30年前から
「環境」について訴えてきていたのですが、高度成長期には
本当に「変人」扱いでしたよ」といっていたのを思い出す。い
ま、その精神は旬であり、語り継がれるが、当時の当時は、
その日本の価値尺度をかえるに至らぬかった。


こちらも、産業革命当時には社会の変革をとめることはできな
かったがこのアーツアンドクラフト運動の根底となるセンスや、
ものづくりと生活との関係の中にこそ喜びを生み出す源泉があ
るという着眼や感性が、後後のデザイン運動家に支持された。

産業革命が生み出した、大量消費大量生産がなしたその結果に
対して、美意識の欠乏への警鐘を鳴らしたかったのだろう。

もちろんこのラスキンやモリスのみではなく、ドイツのバウハ
ウスの活動も、デザインという概念をはっきりと定義し、教育
機関をつくり、その思想やナレッジが世界へ広がるきっかけと
なったのは大きい。最盛期でも10数人の教師と200人足ら
ずの生徒しかいなかったらしいが、機械生産はポジティブに認
めながらデザインを定義し、その影響力は大きかったという。
ナチスの弾圧に消滅するまで活動期間はわずか14年だったそ
うだが、このバウハウス思想を継承したデザイナーの桑沢洋子
により1954年に設立されたのが、日本で最初のデザイン教育機
関、桑沢デザイン研究所(専門学校)である。中西元男先生を
はじめ、卒業生は多くの優秀なクリエーターを輩出している。

しかし、20世紀後半。そう、デザインはより経済に強引に牽
引されていってしまうのだ。原研哉はこれを痛烈な文章で表現
している。


「経済の原理は明白である。
 近代社会の生活者を消費へと向かわせるべく、次々と
 新しい製品を生み出し、また、それを欲望の対象として
 流通させるために、メディアは様々な発展をとげ、広告
 コミュニケーションもしたたかに進化した。
 経済発展の流れにデザインは見事組み込まれていくのである。」



そこで原研哉さんの文書をこの私が陳腐な言葉でまとめていく。


★日本

欧米を視察した松下幸之助が「これからはデザインの時代や」
といったそうだが、結局は、経済重視の大量生産大量消費の
バリューチェーン(生産工程)の一部として、デザインが組み
込まれただけである。一部の例外を除いて、日本のプロダクト
デザインとは、ジャパンアズナンバーワンと評された日本企業
の組織力の内部にデザイナーを拘束してただけであり、うまく
機能すれば「ブランド」を生み出すが、マイナスに働いたとき
は、「すぐ消える」。


★アメリカ

こちらは、経済発展を支えるマーケティングの一環として、デ
ザインは活き活きとその色彩を放ってきた。そして、市場分析、
経営戦略とともに成長してきたのがデザインであり、アメリカ
経済とデザインをつなぐとすれば、あくまでも経営資源として
デザインを運用するというスタンスが強い。そして次々と消費
への欲望は「新奇性」によって鼓舞されると見抜き、「スタイ
ルチェンジ」を繰り返したが、ヨーロッパ人が編み出してきた
「ブランド」という概念が有効ときづき、ブランドマネジメン
トという手法を進化させたのがアメリカである。


★ヨーロッパ

実はドイツとイタリアという2つの敗戦国がデザインをひっぱ
っていった。ドイツは先述したバウハウス活動をうけたウルム
造形大学が思想としてのパースペクティブを与えられ、結果、
哲学、情報美学、人間工学、数学、などの発展からデザインを
崇高にさせている。また、イタリアは、ドイツとは対照的。ミ
ケランジェロやダビンチを子供のころから身近に感じ、伸びや
かで独創的な個性がある。大量生産ではなく比較的小規模の工
業生産や職人の手仕事にこそ高度な品質があることを知ってい
る彼らが「定評」をつくり、そのデザインが「ブランド」をつ
くった。アメリカはまたマーケティングの一部として「ブラン
ド」を模倣加工した。



そこでこの本の6章にある「日本にいる私」とも関連するが日
本のデザインはどこへいくのかというテーマを考えた。確かに
バブル崩壊までのデザインと、失われた10年のデザイン、こ
れからのデザインは大きくことなる。ころころとパッケージデ
ザインを変貌させて消費欲をくすぐるだけではなく、成熟した
文化を再創造したい。「小布施」の町並みを事例にだしている
が、世界の目線で日本の上質を捉えなおしたいという原研哉の
デザインコンセプトをここに強く感じる。



私はこの考え方に全面賛同するまでにはいたらないが、原研哉
の共感した文章をそのまま引用してみる。



~~~
よく「町おこし」という言葉がかつて言い交わされたことが
あるがそういうことで「おこされた」町は無残である。町は
おこされておきるものではない。その魅力はひとえに、その
たたずまいである。
~~~



それもまた日本人の欲求ベースにしていくことは間違いない。
「癒し」も欲求であり、「たたずまい」も欲求であるだろう。
経済性を無視したデザインも生活を無視したデザインも生きて
いけない。豊かな国だからこそ、デザイン領域と、デザインの
手法は、やはり世界から認められる日本オリジナリティを作ら
なければならない。CIとかVIとか、ブランド化ではない
「たたずまい」というのは、世界に伝えて生きたいものだ。

編集 / 2007.12.27 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
【デザインのデザイン(その1)】
カテゴリ: 本・映画・ニュース・メディア

デザインのデザイン(原研哉 岩波書店)を読んだ。3日間に
渡ってこの本を紹介してみようと思う。


今日(その1)は、デザインとは何かという視点からまとめて
みたい。まず、デザインとは、視覚化できる世界では大きく分
けて①プロダクトデザイン(商品そのもののデザイン)と②C
I戦略(コーポレートアイデンティティの策定とそれにのっと
った各種プロモーション関係のツールデザイン)とがあろう。


それはあくまで「見えた」結果だけの「デザイン」


こんな様に「デザイン」を片付けられたら陳腐だ。日本語には
訳せない「デザイン」というカタカナの深みを、技術的視点の
解説はさることながら、文化的視点、歴史的視点、哲学的視点
をこの本は伝えている。われわれ一般人が認知しているデザイ
ンというのがいかに幼稚で表層的であることがわかる。


多くの著名デザイナーはデザインとしての商品力というよりも、
デザインを再定義し、ライフスタイルや文化活動の本質を追求
し、またコミュニケーションツールとしての格付けや文化的な
優位性について、自分の言葉で発信しているのである。


私はCI戦略、ブランド戦略の権威的存在であり一時代を築い
た「中西元男(PAOS代表)」先生に出会ってからは、デザ
インということに対してセンセーショナルに、革命が頭の中で
起こった。ただたんにデザインは「経済」の「ツール」である
と思うならば、それは教養の欠如であると。


さて、そこでこの本に出てくる人物で、抑えておきたい日本の
トップデザイナーをまずあげる。

著者

・原研哉  http://www.ndc.co.jp/hara/home/index.html
(代表作&解説)
ニッカウイスキィ、AGF、無印良品、松屋銀座リニューアル
計画、長野オリンピック開閉会式プログラム、愛知万博プロモ
ーションなど、日本文化に深く根を下ろす商品デザインのみな
らず、各種イベントのプロデュースをデザインの領域を広くと
らえて多方面のコミュニケーションプロジェクトに携わる。
各種賞受賞は多数。

    
・佐藤卓  http://www.tsdo.jp/
(代表作)
キシリトール、ロッテクールミントガム、明治おいしい牛乳、
TOYOTA VISTAなど
 
・深澤直人 http://www.plusminuszero.jp/
(代表作)
INFOBAR(AU)、壁掛けCDプレーヤー

・田中一光 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E4%B8%80%E5%85%89
 ~昭和期を代表するグラフィックデザイナー~
(代表作)
 東京オリンピックメダル、施設シンボルデザイン、無印良品
 ロフトシンボルマーク、海遊館シンボルロゴなど

・坂茂 
・佐藤雅彦
・隈研吾
・面出薫
・津村佑                 ほか


どうもまとまらないので、このあたりの人物について、詳細は
AERA DESIGNニッポンのデザイナー100人もいい。

今日は、この「デザインのデザイン」のなかで原研哉が、デザ
インとは・・・・と書いている文章の拾い上げを紹介するだけ
とする。



◆デザインとは、
無数にあるものの見方や感じ方を日常のものやコミュニケーシ
ョンに意図的に振り向けていくことである

◆デザインとは、
ものづくりやコミュニケーションを通して自分たちの生きる世
界をいきいきと認識することであり、優れた認識や発見は、生
きて生活を営む人間としての喜びや誇りをもたらしてくれる

◆デザインとは、
その概念は少なからず理想主義的な社会倫理を前提として作ら
れた経緯があり、それは純粋であるほどに経済原理の強力な磁
場の中ではその理想を貫く力が弱かった。

◆現在のデザインは、
テクノロジーがもたらす「新奇な果実」を社会にプレゼンテー
ションする役割を担わされ、ここでも歪みを加えられている。
「今日あるものを古く見せる」ことに力を発揮し、好奇の食卓
に「新奇な果実」を供するサービスになれたデザインは、新し
いテクノロジーに従えられた加工で、さらにその傾向を強めて
きている。

◆デザインは、
「形と機能の探求」という理想主義的な思想の遺伝子をその営
みの内奥に抱えており、経済というエネルギで運動しながらも
クールな求道者のような一面をも維持してきている。

◆デザインは、
単につくる技術ではない


◆デザインは
技能ではなく、物事の本質をつかむ完成と洞察力である



「単語」と「いいまわし」が難しいが、伝えたいことは、


1)経済の変動
2)技術の向上
3)文化の昇華
 その相互コミュニケーション   そう私はまとめた。         



次に、僕が自分の言葉でまとめてみるとしたらデザインとは経
済的ツールではなく、「美」という観点を持とうとすれば、そ
の文化的な価値は「人を豊かにする」ものである。(その2)
では、アメリカ、ヨーロッパ、日本におけるプロダクトデザイン
の位置づけをまとめてみたい。

そして(その3)では、この本で一番ギクっときた「欲望教育
(欲望のエデュケーション)」についての所感を書いてみよう
と思う。
    
編集 / 2007.12.26 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
【喧嘩】   
カテゴリ: ポエム(詩)
~相手が大勢のときの戦い方~



「あれは5人だったな、相手は。
 さすがに1対5じゃ喧嘩は勝てないね、
 1人に羽交い絞めにされて、倒れて
           あとはけられてさ・・・」


「それでさ、ボロボロになって家に帰ったらな
 親父がそれを見てね」


「喧嘩したんか?・・・って言われて」


「そのときの親父の教え、今でも覚えてるよ。」


「絶対に最初から負ける戦いをしてもダメだ。
  そんなんどんなに1人が強くても
  相手の人数が多かったら負けるに決まってる。
 負けても気持ちがすっきりする戦いをしなきゃなって。」


「それはね、どうするかっていうと、
 その相手の中で一番強いやつと
         タイマンしろっていう教えでね」


「例えば、たくさんいる相手の中で、
  一番弱いヤツにタイマンで勝っても、もちろん、
  次から次へと上がいるから意味がないだろ?
               負けたらもちろん最低や」

「ただな、一番強いヤツとやって、もし勝ったら、
 相手はみなもう人数多くても、ビビるものさ。」

「それに、負けたら負けたでいい。
 もともと人数的には負け試合なんだし、
        仕方なかったなってすっきりするはずさ。」


「だから、大切なのは、大勢を相手にする場合はな、
  如何に相手のトップと一対一で戦えるか、話せるか。
   そこまでもっていくことが一番大事なんだよ。」


「そう親父にいわれてね、
  もうむやみやたらに大勢に飛び込むことはしなくなったんだ」


「それからね、喧嘩ってな、しちゃいかんよ。」


「ホントに喧嘩するってのはどういうことかわかるか?
 喧嘩した後に残るものってなんだ?
      傷ついたり、ケガしたりするだけだろ?」

「そしたらな、そいつはまた復活する。いろいろな形でね。」


「だったら殺せ、そう僕の兄貴的なダチに言われてね。
 殺せ、喧嘩するなら、殺せって、
  そこまでイヤだ、こいつはアカン、というなら殺せ。」

「殺さないでただ喧嘩をしただけなら、必ず
 そこには残したくないモノやコトが残る。そして
          いずれ、形を変えて這い上がってくる。」


「じゃぁ、殺せるか?そこまでできるか?そういわれた。 」


「できない・・・そう思ったんだ。」


「うん、できないんだよね、相手を打ち負かそうってそいうことだ。
  喧嘩って広い意味で色々あるけど、
   やっぱり殺せないもんな、喧嘩なんてしないほうがいい」

編集 / 2007.12.24 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
【「無」なんて無い】
カテゴリ: マネジメント/自己成長



今日の、奥吉野の山々。山を包む朝の霧がふわ~っとゆらゆら
と縦に立ち昇る。時には斜めに上がり、形を変えながら消えて
そしてまた新しく立ち昇ってくる。吉野杉、吉野檜の杜を優し
く撫でるように、その霧は朝のたった1時間ほどだけ、神秘的
な姿を見せる。太陽が昇ると完全に空が開けてしまうからわず
かな時間でしか楽しめない。朝の太陽の光がちらつくころが、
とくに美しい。前日が雨で、次の日が曇りでこれから晴れに変
わるだろうという時にのみ、この心癒される現象を引き起こす。

昔のこの地域の人は「龍」をみたというが、1年に何回かだけ、
龍のような形をしたモヤが立ち昇ることがあるという。支配人
は10年以上ここで働いているが、一度だけしか見たことが無
いという。

あらゆる方向に流れ行く、霧、いや小さな雲が形を変えながら
ときには渦のように回転し、ときには日本昔話に出てくるよう
な雲が、速度を変えてゆるやかに動いていく。私はこの景色を
見るだけで我を忘れて癒されるのだ。


奈良県の吉野郡川上村。ホテル杉の湯、そして入之波(しおの
は)温泉泉五色湯、どちらのホテルからも、この神秘的な朝の
霧出会える。確率は高い。何枚も写真に収めたが、これは写真
ではなく「動画」でみたほうが伝わるだろう、いや「実際に見
て」「感じ」てみなければ伝わらない。


「私たちにとっては当たり前の景色でね。
 でもね、
 古川君をはじめ、ホテルのお客様が色々いってくれて、
 それで僕自身もこの当たり前がすばらしいって思うように
 なったんです。それから見える景色が変わってきたなぁ」


とある職員はそういう。


私は「無」になることにありがたさを感じ、私はこの「無」に
対する感動を、また支配人に話をした。すると、支配人はこう
いった。



「それはね「無」じゃないんだよ。」

「え?」

「禅に近いんだけどな、
      いま目を瞑って無になろうとしてごらん?」

「はい」

「(しばらくすると、コーヒーカップに音を立てる)」

「何か気にならなかったか?」

「えぇ、気になります」

「雑念っていうけどさ、
  無になるってことはその色々つい考えてしまうことを
  取り除くってことで、何も考えないってことだろ?」

「できたか?何も考えないって」

「いいえ」

「音がしたり、匂いがしたり、何か考えるだろ?
 五感すべてを押し殺して「無」になるということは、
    無理なんだよね」

「でも無になりたいとい願望はありますが・・・」


「無になる、
 それは雑念、執着をなくして、そぎ落としていき
        なにかひとつに絞るってことなんだ。」

「ん?」


「大輔がみた、この川上村の美しい山々の景色をみた
 その気持ちはね、「無」になったんじゃないんだ、
 この景色によって、色々な雑念が取りぬかれて、
  本当にココロのそこから自然美を堪能したってことなんだ」

「えぇ」

「人間って「考えないようにする」っていうこと、
      無になろうとすることはできないんだ。
  だから雑念、執念、怨念、色々あってもね、
  全部全部が取り除けない、何か残るわけだ。
 何かひとつのことを少なくとも「考えている」わけだが、
              その極地に出会えればいい」

「それが自然美を堪能した大輔だ」


「無理に「無」になろうとしても無理ってこと、
 だから、この美しい山々に全身全霊で感動してもらえれば
  それが、みんなの求めたい「無」であるし、
           癒しってそういうことだよね。」

私はあまりにこの深い洞察いや教えに対して、フっと我に返っ
たし、またその「無」になることは結果的には「ひとつに集中
する」という概念そのものに、それ自体が執着があったことに
気付いたのである。何かを無くそうとするのではなく、五感の
違う領域で「感じる」「考える」ことによって自分が癒されて
いる。それは「無」ではないし「何も考えない」ということで
はない。


だから、人は旅をする。そして、こうやって人と出会い、美し
い景色を通して、哲学的な話をする。私が支配人に対して話を
するのは「マーケティング、原価管理、ウェブ戦略、DMや
チラシの書き方」。そして支配人からはこういった「哲学」を
多々教わる。
編集 / 2007.12.23 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
【原油高の脅威】
カテゴリ: 地域ビジネス(地域資源、観光、農業)

ホテルの支援をしていると、ホンっとに高い!高すぎる!とい
かに営業利益を出すかってがんばっても、こりゃぁ経費が高す
ぎる。

ホンっとに高い!高すぎるのだ。順調に売上(客数)は伸びて
きていたもののホテルの支援で今一番悩まされるのが、今は、
この重油代である。源泉が、40度とかあればよいが、冷水
の場合「加熱」温泉とでは当然に経費が違う。


平成8年ごろ、重油がリッター37円だったのが、今はなんと
リッター80円にまで値が上がっている。ガソリンであれば、
私が学生時代の10年前、リッター80円代だったこともあっ
たが、いまや150円もする。いま、ふっと怖くなったのはガ
ソリン代や重油代の金銭感覚というよりも、学生時代ってもう
10年前かという時間感覚もだ、笑。


すごく話が飛ぶ。人生で大切な4つの管理 


健康管理
○○管理
○○管理
○○管理

例の某有名な世界No2セールスのかたも言ってました。
これをあげていくと


健康管理
金銭管理
時間管理
感情管理


これどこかがズレると自分らしさを失うが、人間一人で生きて
いけないからこの4つの管理はとっても大切。それで、企業経
営においては、すべての管理が大事になるが、結果として「金
銭管理」(売上、利益、原価)管理がまず大事である。

そこで話を戻す。
飛びすぎ失礼。

そこで、例えば、24時間で、6000リットルほどのお風呂
が満タンだと、季節変動もあるがおおよそ今は毎日4~6万円
ほどの重油代がかかる。しかも大きな声ではいえないが、設計
段階でのマーケティング調査や損益計算(固定費、変動費、
その損益分岐の計算)では、ここまで原油代が上がることは、
配慮されていなかったのだろう。施設自身の問題もあるが、た
しかに予想外。

いくつかの(秘)の施策をこれからうってみる。


料理原価のほうは、歩留まり率を計算して、理論原価率と棚卸
原価率をキチっとだしてロス率を把握しようと支援をしたが、
やるか、やれるか、その数円単位の効果はいかに?と不安では
はあるが、それより、あまりに大きいのが重油代。

ところで、なぜ飛行機は重油税って別に取るのだろう?
まぁよい。


もちろん集客力アップに対しては余念なく進めていかなければ
ならないが、あまりに大きな社会情勢の変動は、経営上痛い。
さて、プラス発想がんばろう!
編集 / 2007.12.22 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
【新幹線の楽しみ方(運がいいとは何か)】
カテゴリ: マネジメント/自己成長
【新幹線の楽しみ方】



新幹線にノートパソコン、できるビジネスマンだなぁと見てい
た若かりしころ、いまは昔。せせこましく忙しいビジィマン。
自分のことか笑。

出張に憧れていたころが懐かしい。いまや出張が多いとなると
自分が憧れていたのは「出張」ではなく、「非日常」だったと
気づく。そんなことも多い。


その新幹線の楽しみ方(乗り方)、最初の上司にこう教わった。


「いいか、時間を3つに分けろ。例えば、

   1)新聞を読む
    2)本を読む
     3)ボーっとふける(考える)」


時間を無駄に使うなということを教わったが、初めての上司に
名古屋へ同行したときの話だ。最初はビビってしょうがなかっ
た上司だが、今は最高のメンターである。


さて、帰りの新幹線。幸せとは何かという話、運がいいとは何
かという話は、自分なりにルールがあるのだが、今日は帰りの
新幹線で運がよいと感じた出来事があった。偶然とある会社の
社長に出会った。企業理念とその実際について私がすごく尊敬
する企業の社長であり一度だけお会いさせていただいたことが
ある。私から声をかけて、これは必要必然!ラッキ!と近寄っ
た。少しだけ話したあと、


「声をかけてくれてありがとう」


そう言ってくださった。2度目の出会いは偶然!ってテレビド
ラマか笑。まだまだ近づくには恐れ多い社長であるが、自分の
いう発言権獲得ゲームで自分を高めたい、さて話を戻す。


なぜ会えたのか?

会いたいと念じていたから。ずっと想いを馳せているから?そ
れもあるかもしれない。しかし頻度である。また、さらに言え
ば「動く」ことである。今回は違うのだが、例えば7輌目に乗
ってすぐ座るよりも、あえてグリーン車を通って7輌目に行く、
有名人と出会える可能性は高まります笑。普段の電車でも、そ
の隣の車輌に久しぶりの友人がいたのに気づかなかったという
ことはあるだろう。

「おぉ!偶然だねぇ」と出会えたのであれば、その数の2倍も
3倍も隣の車輌にちょっとだけ「歩く」ことで出会う数が増え
ます。当たり前っちゃ当たり前だが、気づかない事実である。

歩くと変わる、動くと変わる。止まっていたら運も逃げる。お
っと話がずれました。新幹線の楽しみ方だった。ただ、品の問
題もあるので、あまりむやみにグリーン車の中を歩くのはやめ
ましょ。題名と内容が乖離しすぎですみません。


編集 / 2007.12.20 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
【任天堂はなぜ強い ~たかが娯楽の産業創出力~ 】
カテゴリ: マーケティング/営業


いま余暇産業全般でゲーム関連等の市場調査やDDの仕事をし
ているが、日経ビジネスが任天堂を特集していたので今日新幹
線で読んでみた。さすが任天堂様でらう。わずか2年で、DS
とWiiの成長で売上高は3倍と予想されている。

2006年 売上が5000億円だったのが、
2007年で9000億を越え、
2008年は1.5兆円(営業利益は3000億)と予想。


バーっ読んでみたが、俯瞰するとその成功要因はこんなところ
だろう。


商品、開発、組織、利益、財務 でまとめると以下になろう。


1)いつも人に驚きを
  →商品のコンセプトがつねに一貫されている

2)トライ&エラーの多さ(試作品の多さ) 
  →イタビューアーがこんなのあったらいですよね?
   というと「これですか?」と試作品が出てくる。

3)理念統制なき社風で、少数精鋭で強み生かす社風
  →企業理念とかいうのが嫌いらしい。

4)業績は社員のものではなく会社のもの
  →利益は一人のものではない、営業マンのものではない

5)自己資本(現金で1兆円)のリスク管理
  →やはり大失敗の可能性を常に秘めている 


ここに営業(販促)はない。日経が取り上げていないだけかも
しれないが、その成功要因は私が読むとうえの5つにまとめら
れる。

特殊な営業活動の努力はほとんどない。あくまで、商品勝負、
遊び心が大前提だ。結果として、いま脳トレ(教養の世界)
やWiiFit(健康の世界)の領域に入ってきているが、ゲ
ームが嫌いな人に好かれようと狙いとしてその市場を取り込も
うとしていたわけではない。あくまで、この5つ。これがDS
やWiiが生まれた原点であろう。

いまでもベネッセや大日本印刷、NTTなどとの連携の動きが
ある。今後は、さらに異業種とのコラボが楽しみである。ここ
にも、哲学があり、無謀なM&Aはしないという会社の方針が
あるから不安はなかろう。花札の製造から始まり、日本初のプ
ラスチック素材でトランプを作った会社。そこから始まった任
天堂。ゲームウォッチもファミコンもその延長戦沿いいやその
過去にもぶれていない経営方針があるように思えた。

私個人としては、経営やマーケティングに興味はあるが、商品
に興味がない。実際にフットサルしたりピアノ弾いたりするほ
うが好きなんです、ごめんなさい。

ちなみに、こんな事例もある。

今までゲームを体験したことのない女性層や中高年の層を取り
込みたいというゲームソフト会社と、難しくて何を飲んだらよ
いか分からないというワインに対してワイン人口を増やしたい
というワイン会社。

ワインの顧客層を拾い上げるために、メルシャンとスクウェア
エニックスが、顧客拡大という狙いで一致し「1分で分かる
大人のワインなび(DSソフト)」を販売、メルシャンとして
はボジョレーヌーボなど各種ワインの販売で、DSソフトとセ
ットで販売する。敷居の高いワイン知識をDSソフトを利用す
ることでワインの市場拡大に挑む。色々と世の中動いてます。

編集 / 2007.12.18 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
【エコプロダクツ2007】
カテゴリ: 森林・林業・製材・材木・住宅

ビックサイトにいってきた。

エコをテーマにあらゆる業種が一同に集まったイベント。東京ビッグ
サイトにて開催された。自動車メーカー、電気機器メーカー、建材メ
ーカー、自治体、NPO、森林・木材・バイオマス関連と大いににぎわ
っていた。自治体では、和歌山県が企業の森の誘致PRをしており、
また北九州市がかなりの広いブースで環境活動を紹介していた。
なだたる大手企業のブースの中やはり、ちょっとさえないのが森林
や木材関係だろうか、予算がないのか、デザインセンスがないのか
ちょっと惜しい。ただある福井県の木材屋は一切エコ(環境データ)
を出さず、デザイン勝負に走っており、その代表と話をし、なかなか
共感できるものがあった。


「エコエコいっても利益になりませんし、やっぱりデザインありきで
                      その背景にエコなんですよ」と。


住宅関係では、さすがOMソーラーさんと相羽建設さん(東村山)の
コラボレーション。これは、和歌山県の紀州杉をみせた木構造のよ
さをモデル展示により伝えられていた。また、別のブースでは、たっ
た3年か4年で直径が30cmくらいになる樹を開発し、5年程で収穫
できるその樹は、二酸化炭素吸収に貢献し、家具や建築部材として
活躍するというPR。そんな新しい未来も見せてくれたブースもあった
が、昔ながらの国産材のよさと宮崎ブーム「どげんかせなあかん」
にあやかり、飫肥杉のブースもあった。


また私がひときわ目にとまったのは、ツバルの美しい写真展である。
温暖化海面上昇(説が正しいとすれば)で、最初に沈むとされている
国であるが、記憶に忘れたが印刷機メーカーかデジカメ会社かだっ
たか、美しい島と海、そしてそこに暮らす人々の写真だけがかざって
あった。データなどない。それこそ感傷的いや美術的に伝わる。環境
エコとは、感じること、そんな印象も持ち、写真(映像)の表現力の高
さを体感する。

また私が記憶に残ったのは、なんと小学生や中学生の団体が多い
かったことである。修学旅行か社会科見学かだと思うが、リーダー(
班長)たるものが、先陣を切ってブースの社員に質問したり、メモを
取ったりとしていた。あっちこっちで学生の集団を見て、エコプロダク
ツもここまできたかと、驚いた。

ビジネスのみならず、直接関係する分野のみならず、企業体すべて
がエコ・環境を意識し、かつ、教育にまで広がる。エコや環境の本質
をかぎ沸け、見せ方を上手にしていく。これはすべてにおいて無視で
きない。

編集 / 2007.12.13 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
【地方税改革】
カテゴリ: 行政(自治体/地域/開発)
【地方税改革】


いま話題は浦和レッズか税収移転か。これから試合が始まるぞと、
渋谷の喫茶店で一筆かいた。

この12日の新聞をにぎわせたのは、都の税収移転合意という記事
であった。ようするに東京など大都市の税金を地方に廻すということ
が決定した。(勘違いしてはならないのが、今回の件で、地方と東京
の一人当たりの総税収がどうなるかまではいたっていない、地方交
付税などの他の税金を含めると、実は、東京は国税分を加えた実質
租税配分額というのは22位である(2004年)


ただ論調はこうなる

「欲望の象徴である東京の税金は、地方にあげたまえ」

「儲けられない地方は捨ててしまえ、日本は東京だけでいいじゃん」



結局のところ、今回は、地方交付税などの話題はのけて、1人当た
りの税収格差が最大で6倍となる地方税の法人2税(法人事業税、
法人住民税)の取り扱いだけ暫定的に決められた。当初は法人2
税全体での移譲が話題となっていたが、石原知事をはじめ都市部
の反発が強く、21年度に着手する配分見直しは法人事業税のみ
となり、税収減は

東京都3000億円
愛知県 400億円
大阪府 200億円 のみ。


東京都知事はそれを条件に「羽田空港の国際化」「オリンピック誘
致」などを国はもっとサポートせよと、さすが交渉上手だ。

色々と論調が飛び交う中、日経新聞の「社説」「経済教室」「東京首
都圏経済」「特集」と4ページにわたって今回の税収、自治体の話題
が取り上げられていた。

・小手先の税収移転だ
・全国一律フルセットの制度を見直せ
・自治体が地域の実情に応じて政策を創意工夫できるようにすべき
・活性化に努力する自治体に重点投資するべき
・選挙を意識しすぎである
・目先の妥協で終わらせるな

などなど日経新聞はおっしゃっているがよくわからない。そこで私が思
うこと。


それが、市町村レベルでの「お金の使い方」というものをもっとみる
べきでは。そもそも何のための税金か、利用目的が明確でない限り
お金というものは無用の価値なのである。環境税はご存知だろうか。
住民税の中に、一人500円~700円くらい取られているのだが、
これも高知県等が先人として、森を守り、水を守るために使おうとし
た環境税。他県もあれやこれやと理念だけはモノマネし、政策として
実行はしているが、某県の木材関連団体の情報によると、「結局、
県民×500円=●●億円を何に使うか、行政が使い方を迷ってる
んだ」

という。

理念の先走りで実用化しない「利益(税収)」

そこでイイ記事があった。同じ日の新聞記事に「長野県下條村」の子
育て支援策が取り上げられている。なんと合計特殊主出生率が2.0
4であり全国平均の1.29を大きく上回っている。中学生までの医療
費無料化などもすでに実行されている。こういった、末端の地方自治
体(いや、先進だと思う)のひとつひとつの政策、本当に「幸せな暮ら
し」を追求するために、どういう税の使い方ができているかどうか。

ハコがほしい?
カネがほしい?

もっと足元のお金の使い方、暮らしのあり方を見ることを忘れたくな
い。大阪府も橋本弁護士が知事になるのかもしれないが、もっとベタ
な生活レベルでの受益(還元)を生活感覚として実感できてこそ、税
収の論議を大いにすればいい。どうも空な論議になりがちであり。

1円単位の原価管理、雇用管理、
半官半民の行政的組織においては粗利率、営業利益の管理

そして一人一人の笑顔。若い世代に定住の知恵を。そんなところが
面白い。減らされていく税収の中に楽しみを見出すから面白い。

東京都は世界一にはなれないけど、京都(地方都市を入れてくださ
い)は世界一になれる。そんな独自固有の地域の魅力こそ、税金
の使い方で現れる。まぁ、私の小さな経験からすれば、東京のお金
は地方にはいらない。そんな気概がまずほしいところだ。
編集 / 2007.12.12 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
【情熱(好き×憤り)】   (二度目の内容です)
カテゴリ: マネジメント/自己成長

星野ジャパンが北京オリンピック出場を決定して久しい。韓国に勝っ
たときの星野監督のインタビューは鮮明に記憶に残っている。なぜ
なら「いや~、もうなにはなしてるんだか、わっかんないなぁ」という
ほど舞い上がる喜びに、最高視聴率43.5%というほどの熱狂そ
して錯乱ぶりが伝わった。

そんな星野監督のとある新聞記事で大好きなこと。それが「好き」
と「憤り」について。私はこの記事をある美容室で待たされてたまた
ま手にした雑誌で読んだのだがとても興味深かった。


「私はね、よくベンチを蹴っ飛ばしたり怒ったりしていますが、あれ
は、怒りたくて怒っているんじゃないんです。本当に好きな野球、
いや野球道を追求していると、これはおかしじゃないか!という憤
りに出会うからです。審判の判定だけではありません。しかし、
最近の若い人は怒らない。憤りがないのは、本当に好きなことを追
求していないのではないか?あらゆることにおけることであり、ある
ひとつのことを本気で好きで遣り通せば遣り通すほど、法律の矛盾
経済のゆがみ、政治の問題点など、色々とぶつかるはずです。」

私自身にも「好き」と「憤り」が両立している。ビジネス、農山村、子
ども、土地利用、地方の宝と、地方の格差など。ただ、その憤りと
いうのも私憤と公憤とがあるわけだがその峻別は難しいながらも、
本当に純粋に好きなことを追求して出会う憤りとは概して公憤的な
ものである。

情熱とは持続性ある行動力とみれば、それは「好き」×「憤り」である。

では「好き」や「憤り」に出会うにはどうしたらよいか、それが原体験
である。自分自身でしか経験していないもの。好きから始まっても、
憤りから始まってもいずれにしろ療法に出会わなければ、情熱は続
かないものである。

             
                 情熱
              (持続的行動力)
                  ↑
              好き × 憤り
                 ↓↑
                原体験


最近の自分はノホホンと好きなことをやっているように思っていたが、
どうも「憤り」が弱かった。しかし、自分自身に渇を入れようと内発的
に努力しなくても、まっすぐ追及していれば必ずその「憤り」にも出会
う。その原体験をもってして、好きと憤りの感情を喚起し、その上で、
中長期のベクトルを設計士、日々の課題に落とし込み、持続的に行
動してまい進していきたいものだ。
編集 / 2007.12.11 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
【別れ】
カテゴリ: マネジメント/自己成長


別れとは寂しいものである。携帯電話がないころは、ボロボロと卒業
式で泣いた人も多かろうが、いまや、いつでも「はい、おっぱっぴぃ」と
連絡がとれるもんだから、寂しさは少ないのではないかと。

今日は、私の隣の席でお世話になった社員Kさんの送別会だった。
特に、デザイン部門においてわれわれのチームに大きく貢献してくだ
さった方であり、アウトプットのレベルの高さも社内随一の存在であっ
た。また、いろいろな面で日々の業務をサポートしていただき、本当
に感謝している。

今日はそんな最後の日を想い、私が主催し、チームのデザイナー3
名とKさんとにマーケティングとデザインの勉強会を久しぶりに、早
朝に行った。お金のもらえる大学院とはよくいったもので、弊社は自
主ゼミや自主勉強会が盛んになればなるほど、最終的にお客様満
足もあがるとは思う。話がそれた失礼。「古川さんの仕事は、とても
楽しかったです。」そういっていただけたし、もっと勉強会をしてコミュ
ニケーションをとればと大いに反省した。


もっと○○していればよかった・・・。

だから「別れ」というのは本当に寂しい。そして、以前も日報で書いた
が、あなたと私は何のために出会ったのか、それは二人(その二者)
で何かを創り上げるために出会ったと考える。かならず「レッスン(学
び、必要必然、教訓、気づき)」があるものだ。

Kさんと私が創り上げたもの、今後それを社内にますます還元し、そ
してお客様へとお役立ちが立てる商品につながっていくことだろうし、
また会社を超えた関係でも、携帯電話があるからこそ、すぐにまた
繋がりたい、そんなときに出会えるだろう。

組織とか地理的な距離ではない。本心で、一緒に創り上げた何か
があるかどうか、志、そして理念のつながり。出会いと別れを繰り返
す、これは、志や理念を高めていく、必要必然の儀式である。ありが
とうございました。これからもよろしくお願いします。
編集 / 2007.12.10 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
【古いもの、新しいもの】
カテゴリ: マーケティング/営業



古いものは必ず衰退する。
新しいものは頓挫する。


古いことをそのままやっていても、時代の流れについていけず、必ず
埋没してしまう。さりとて、新しいものというのは、ポッと消えてしまうこ
とが多い。やはり、古いものを新しい方法でやるしかないのである。

これは、2050年の住宅ビジョン(三澤千代治 ミサワホーム総合研
究所会長)に書いてある。たとえプレハブ住宅であっても、基本は昔
からの伝統的な日本の住宅の様式をいかに新しい方法でつくるか、
に力点をおくべきだし、日本建築のよさを重い、その日本の古くから
らの文化、伝統を新しい手法で継承していく、これが「日本の住宅」
だと思う。

何も住宅だけではない。単に流行に乗るだけでもなく、単に古いも
のを伝えるだけでもない。この古いものを新しい方法でやるという、
ところにノウハウの集積やナレッジの共有が必要となってくる。

あらゆるものに目を向けて視座を広げたい。
編集 / 2007.12.09 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
【遷都(この国のカタチより)】
カテゴリ: 本・映画・ニュース・メディア


この国のカタチを読み終えた。何がすごいかといえば、あいか
わらず司馬遼太郎の知的探究心と文献発掘力に圧倒される。一
人の人間が書いたとは思えないほどの知識量、我らが日本人の
誇りだと思う。歴史の話、日本文化の話、あるときは、杉桧の
美しさとその文化的背景を緻密に研究し、かつ生活から文化建
築まで幅広くその良さを伝えている章もあった。

今回は、平城京、平安京、鎌倉、京都、東京とそれぞれの首都
変遷の物語を短編ごとにまとめらてれていた。政治や法律や経
済の動きと「首都」の場所というのは、時代時代に大きく関係
している。それがよくわかる内容であった。


2010年で遷都1300年になる奈良平城京は、いまイベン
ト準備が粛々と行われている。平城京。当初、経済的かつ人的
な賑わいがなかったその平城京は律令制度という仕組みがあっ
てこそ国家を安定化させていたわけだが、何故、平城京がわず
か80余年で終わったのかそれは諸説色々ある中で「仏教」と
「大寺」の存在が大きいとう司馬遼太郎の仮説。

平安京はその二の舞にならぬよう、京都には「宗教(仏教)」
を持ってくるような大寺は建築させなかった。いま京都に寺院
がたくさん残っているのは、あれは私社であり大寺ではないの
である。奈良の平城京は次々と大寺が建ち、僧の力が強くなり
政治が安定しなかった。

また、明治維新での東京遷都においては、実は薩摩の兵学者で
ある伊地知正治が大阪への遷都を論じられていた。そう、大阪
説が最初だったのだ。その大阪案が浮上してこそ、後に、東京
案が挙がるのである。

その伊地知の論拠が出たその後に「前島来輔」という署名で、
大きな構想力をもって精密な思考が明晰な文章を大久保利通に
投書した。この内容は、大阪は要するに非で、江戸こそしかる
べきだといったものだった。


1)蝦夷地の開拓が重要となっていく中
    大阪では蝦夷地から遠すぎる

2)海外から来る大艦巨船のための修理施設がない
  東京には横須賀がある

3)大阪は市中の道路が狭く郊外の野が広くない
  江戸は抱いて意図をつくる匹敵の地である


これらを大久保利通に対して投書し、大久保の卓越した決断力
がこのときあやざやかに躍動し、この一書生の投書の論旨に服
して、江戸を持って首都とするに決めたという。


 ①政治を動かす、ロジカルで具体的な「論書」の重要性
 ②その「論書」を解釈し、動かす「人」と行動力

いまの仕事にも落としこめられる。文書化の重要性と、そして
行動化への日々実践。明日はない、毎日毎日が学びの場である。
本日もありがとうございました。
編集 / 2007.12.06 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
時間は解決しない
カテゴリ: ポエム(詩)

時間は解決するとよくいう。

それは違う。

自分が変わったという結果が
時間が解決したという。

自分が変ればこそ、他人や廻りは変化する。
いや、変化しなくてもいいじゃないか
自分がやったという努力の後が残るから。



編集 / 2007.12.05 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
【ゲシュタルト崩壊】
カテゴリ: マネジメント/自己成長



ゲシュタルト崩壊という現象がある。

ゲシュタルト【(ドイツ)Gestalt】
〔哲・心〕一つの図形やメロディーのように、個々の要素の総
和以上のまとまった意味と構造をもち、変化・変換を通じて維
持される形姿。形態。

この“ゲシュタルト”が“崩壊”するということ、それは即ち、
全体性を失ってしまい、個別のみを認識するようになることで
ある。

たとえば、人生において、今までの過ごしてきた環境下で自己
を育成してきた自分というものの全体認識が、今まで経験した
ことのない大きなショックや被害を受けたときに、その認識が
部分部分になり、それぞれが全体としての自分を認知できずに、
感情や記憶が個々の部分と連携せず、意識上での矛盾や崩壊が
起きることである。


「個々の話を単発的に話し出し、
             矛盾したことしかいわなくなる」



精神認知の状況においてだけではなく、それは視覚認知におい
てもいえる。たとえば、一つの漢字をずっと見ていると、部分
部分がバラバラに見えてきて、それが不自然に感じたりすると
いう現象である。認知心理学では『文字のゲシュタルト崩壊』
といい、長時間注視しているとその漢字がバラバラに見えたり、
連続で羅列された文字列を読み続けると、途中からなんとも形
容しがたい、いわゆる「こんがらがった」状態になる現象であ
る。


まったく違う世界を経験すること
長時間注視すること

いずれにしろ日常では行わない「行為」や「出来事」により、
全体認知ができなくなることは、精神衛生上よくないことで
あると思うのはなく、そんなときにはゲシュタルト崩壊が起
こっており、その背景に何かあったと矛盾追求をすることに
意味があるのではなく、その背景を諭すことが大切である。

この“ゲシュタルト”が“崩壊”するということ、それは即ち、
全体性を失ってしまい、個別のみを認識するようになることで
あるが、その背景をどうみるかが肝要だと私は思う。

ココロと知覚
部分と全体  

私がセミナーでよく話す「地と図の関係」は経済のライフサイ
クルと相関性があると発見はしたのだが、その奥にはもっと
深い世界があると知る。

「ゲシュタルト」
「ゲシュタルト心理学」
「ゲシュタルト崩壊」
「ゲシュタルトの祈り」
 
このあたりを調べて深めるとハマル。また表層的なマーケティ
ングや人間関係(組織とはなにか・情緒とはなにか)を考えさ
せられる。いまは浅はかではあるが、いずれ深めてみたい。

編集 / 2007.12.04 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
【まぁ飲んで語れってことです。】
カテゴリ: マネジメント/自己成長



酒は飲むべきだ。街は歩くべきだ。田舎の3年、京の昼寝とは
よく言ったものだが、今日は本当に気付き多き一日だった。
仲間と話すこと、コレが一番楽しいんですね。今日もありがと
うございました。



■2:8の法則 幸せの時間は2割の原則
  ①シマウマ型
  ②かまぼこ型
  ③ギザギザ型

■世界一高い山は?

■JR東海とJR東日本の違い

■トイレットペーパーのデザイン

■ミネアポリスの橋

■ツタヤの成長ヒストリー
 商圏内一番化とビジネスモデルの構築
 ①一号店
 ②二号店
 ③三号店
 ④フランチャイズへの布石
 (300万円の資本金1億円投資NECのシステム)



「滑らない話」ではないが、コンサルタント養成講座として、
ネタの連想をドンドンしていって話しをすることになっていた
とある時間。「へぇ」の連発を出す。これがなかなか面白かっ
た。


たとえば「りんご」について、そのネタ(商品、マーケット、
販売促進、売場、雑学)などを話したあとに「百貨店」とい
うキーワードが出たら、次は「百貨店」というキーワードで
順番に廻って話すという即答力&ネタ出し大会。これがまた
止まらぬ勢いでずっと話をしてしまった。


JR東海とJR東日本の違いというのは、乗車券と特急券を
自動改札に入れると、必ずJR東海は、順番を逆に入れてい
ても、必ず特急券が上になるという。なぜなら、その後に、
お客様は、車両や座席をスグみたいわけでその当たりの配慮
ができているが、JR東日本は出来てないらしい。

そこから「新幹線」というキーワードが出たので、じゃぁ、
おまえ新幹線でネタ話して、とか、続くわけである。これが
笑いネタでもコンサルネタでも何でもよし。そこで富士山と
なって、次に世界一高い山になった。


世界一高い山は?というと、エベレスト(チョモランマ)は
8848mというように言われているが、実は、K2峰のほ
うがハイテク技術レーザーで図ると、8886mであるとい
う説があったり、海底から図るとマウナ・ケア山 標高が、
10,205mであるとう説。これは単なるネタだが、ここからわ
かる一般化としては、既存の数字を疑えとか、測定方法は何
かとか、基準はどこにすべきかということを考えようという
オチ。

トイレットペーパーのデザインの話は、これもまた面白い。
トイレットペーパーは「○まる」の形をしているが、何故、
マンホールは丸いのかというのは若干違う(これは、■だと、
穴に落ちてしまうんですよね、対角線と辺の長さが違うから)
だが、今回はデザインとは何かを考えさせられるイイ話。
たとえば、それを■にしたらどうだろう。敷き詰めて積み重ね
るとき、○だと隙間が開くが、■だと充填率が高くなるからよ
いし、実際に使う時に、カクっカクっというから、何回まわし
たかを確認することで無駄遣いがなくなるということもあろう。

すなわち、デザインとは表象や具体の色覚できるレベルだけの
話ではなく、その利用時の利便性や機能性、その社会的背景ま
でも考慮されているかがデザインであると。

たとえば、これは越後の大地の芸術祭で有名な北川フラムさん
の講演での話だったか、ミネアポリスの橋(米ミネソタ州の橋
崩壊の話題とは違う)という話を聞いた。(名前は違ったかな)

とある地域で南部と北部は非常に争いごとが多かった。その南
部と北部を繋ぐ橋をかけることになったのだが、構造力学的に
は橋を作るときに作る土台が太くできていれば、橋の幅は広い
ほうがよいし人も多く通れるからであるし、デザイン的にも美
しい。しかし、実際は南部と北部の部族がいつ戦争を起こすか
分からないため、土台は出来ていたが、実は人間一人一人ほど
通る幅にしたという。人は集団と集団だと戦争になりやすいが、
一人と一人だと肩がすれ違ってぶつかっても、それは戦争には
ならずコミュニケーションが生まれると。結果、その橋をきっ
かけに、南部と北部が仲良くなったという逸話。すなわち、構
造デザインにもそういった文化的な背景や社会的背景を考慮し
た最大のパフォーマンスを考えているかどうか。デザインは視
覚のみではないのだ。


ポールスミス、改正都市計画法、ツタヤのヒストリー、星野監
督の笑顔の裏など、色々と話題は尽きず、ネタ出し大会はどこ
でもいつでもできるのである。

まぁ

飲み場や喫煙場というのはどうも話が盛り上がり「へぇ」とい
うネタが多くなる。年上年下関係なく無礼講。さて、みなさま、
忘年会のシーズン。いい話ちゃんと明日に忘れずに、未来の糧
にしてますか?

人は

過去
現在
未来

の話しかしないわけだが、過去や愚痴ばかりの忘年会では未来
がありませぬ。では、「すべらない話」を忘年会でやってみて、
明るい未来(来年)への布石を語りましょ。笑いが大切ですね、
笑いましょ。仲間って嬉しい。


http://blog.goo.ne.jp/echigotsumari/
(北川フラム)
http://www.fujitv.co.jp/suberanai/index2.html
(すべらない話)
編集 / 2007.12.03 / コメント: 0 / トラックバック: - / PageTop↑
twitter 古川大輔
プロフィール

古川大輔

Author:古川大輔
地域ブランド創造を切り口に、地域再生、森林再生に携わる古川大輔が現場感あふれる日々をブログにアップ。コンサルタント視点のコラムもあり、地域経営、会社経営、人生経営のヒントにもご覧ください。 ~地域・地方にこそ美しい日本の宝あり~

⇒【連絡先】
株式会社 古川ちいきの総合研究所 
E-mail:furukawa@chiikino.jp

ご感想ご意見などは、ブログ内の返信ではなく、
こちらEメールにてよろしくお願い申し上げます。

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