投稿日:2008-09-24 Wed
ただいま新幹線の中、議事録のチェックを終えたので、関が原
を読んだ。ちょっとこれは書きたいと想い、いま掛川あたりだ
が、書いてみる。
テーマ
親や祖父がデカすぎると、子や孫として、どう生きていくか。
そんな人間ドラマを少々私なりに解釈して・・・・。
ちょうど、それは関ケ原合戦の前哨戦にあたる戦い。
場は、西軍の最前線の3つの要塞
岐阜城
犬山城
竹ヶ鼻城
においての岐阜城、陥落のシーンである。ここ岐阜城。そのあ
るじは、織田信長の孫の織田秀信(十三万石)である。西軍
(石田三成)東軍(徳川家康)という戦いの大構図のなかで、
最初に東軍と戦うシーンが描かれているのが、この織田家の
終焉たる舞台において、織田秀信という信長の孫に対して、
何か感傷たる心持ちになった。
織田秀信は、まだ21歳。
祖父信長ほどの実力はとうていなく単なる若造でしかないと見
られ、年上の重鎮、家臣たちに何度も「家康(東軍)についた
ほうがよい」といわれながらも、三成(西軍)との約束を断固
として秀信は曲げなかった。
その攻め方についても
「わが祖父信長は篭城などしたことない!
歴戦つねに陣頭に立たれていた。予も立つぞ。」
信長と似ているのは、戦さでの意匠・行装などの見栄えだけ、
敵ですら「あれほどお美しい御大将はございますまい」と皮肉
に描かれている中で、親(祖父)の七光りだとはいわせまい、
色々と非難や揶揄をうけながらもと、その祖父や曽祖父の意志
を強くうけ持っていた。
しかし信長公の嫡孫。あの御首は頂戴できぬと敵は思ったほど
に、その知名度ゆえの恐怖心はわずかながらはあった。
それほどの偉大さを孫にまで背負わせた信長といえるのか、そ
れが重くのしかかってしまった孫なのか。結果は東軍、福島正
則らの兵力との圧倒的な差で、竹ヶ鼻城についで、秀信の岐阜
城も落ち、織田家は結果ここで滅亡する。
戦いは、かなりの奮戦だったらしく300、400の首があち
こちで飛んだといわれているが(この「関ヶ原」には書いてい
ない)、その攻防むなしく、防戦の手立てもなく、開城を勧め
られ、和睦にいたる。そして最後は、わずか38人となり、「
よく戦ったものよ」と秀信は自刀を覚悟し開城を決意したのだ
が・・・。
そのあとである。
その21歳の若大将が「感状を書く」のである。
感状とは、侍どもの武勇の証明書で、織田家が滅亡した後に、
他家に仕官するとき、その感状の内容次第で禄高が決まるもの
である。
「殿、この期になって・・・」
と敬意を持って見ていなかったその七光りの秀信を見てきた、
残された家臣が「やはり織田信長の嫡孫である21歳の城主だ」
と思う時である。
その達筆さや、文章の書き進みかたなど、外見だけの伊達好み
ではなかったかと、最後の最期には部下を思っていたのだとい
う、その主としての正義感と思いやり。
ぐっと来た。
そして、秀信は多くの大名が「切腹せよ」と主張したが、
敵将、福島正則は「亡き信長公の孫であるから」と、戦さの
体勢には差し支えないという余裕もあることながら「命乞い
をさせてやりたい」と、涙を流したという。
そして、織田秀信は、死を許され、少姓14名をつれて城を
出て、浄泉坊という寺に入り、そこで僧形となって、その後に、
高野山へとのぼり翌年病死したとある。
信長の高野山討ちの事実から、孫である秀信は、実は高野山
から追放されたなどの逸話もあるが、そのあたりは定かでは
ない。
何しろ、
歴史の事実はどうあるかは別として、
父や祖父が偉大すぎるゆえの、空回りした意地やその自尊心。
それを周りからは矮小の目で見られ、親の七光りだとか実力も
ないのにと言われてきた人物が、最後の最期に「やっぱりあの
人は格別なんだな」といわしめる行動。
織田家の最期のシーンに
その秀信の「感状」について感慨深いものがあった。
家としての「家風」がそれぞれにあった時代に戦国の世と、
現在と照らし合わせて、その「家」としての生き様を考えて
みた。
やさしい書き方だなと司馬先生の伝え方のうまさにも感嘆だ。
投稿日:2008-09-14 Sun
かつても読んだことある本だが、神田昌典の「非常識な成功法
則」を読んだ。2002年に出版されていているが色あせない。
古川流の本の読み方
1気にいった箇所に線を引く、付箋を貼る
2読み終えたら、本を閉じて、反芻、復唱、
3書き出す
4自分で加工してルール化する
5自分の実行項目に置き換える
6実行する
7たまに本棚から本をとって付箋部分を読み返す
本のタイトルやらDMキャッチフレーズに逆説的な言葉を使っ
たり、あえて時流に歯向かうメッセージを打ち出して、世間を
背景にさせるスキルなどきわめて、神田氏の特徴のひとつ。
「家はまだ買うな!」
「もう家を買ってしまった人は見ないでください」
「このDM、開けないでください!」
そうはいってもこの書。読み終えると俺(神田)も悩んでるん
だなぁなんてニュアンスがあるし「謙虚を嫌悪し、傲慢に徹しろ!」
と帯には書いてあるものの、本の中では読み終えてみると一貫し
て柔らかい謙虚さが感じられて暖かい。
そんな書評はどうでもいい。
何がこの本のすばらしさかって、船井総合研究所のテープで
勉強したということが書いてあり、船井総研の会社の宣伝にも
なっているところ。
こんな書評もどうでもいい。
そういえば以前、船井会長と話していたとき「神田くんはねぇ」
っていろいろ神田さんのことを教えてくれた。あ、これは教えら
れません。お金と正義というプチ小説、会員向けには詳細なコン
サルテーション、驚異的な魅力がある。
これも、こんなこともどうでもいい。
それでは本論。
本日の学びに。
普段のお仕事のおやつ感覚でどうぞ。
私はこれらを自分なりに加工し、ルール化して、商品にして、
パクれるところはパクッていますが、それは割愛し、私が気に
いたっところだけ紹介して終える。
・ミッションは是非もったほうがいい。
自転車とジェット機ぐらいの違いはあったからね。
他人に押し付けないようにね。
・SMARTの原則
Specific 具体的である
Measurable 計測できる
Agreed upon 同意している
Realistic 現実的である
Timly 期日が明確
目標設定の方法
(例)
豊かになる
S 年収アップ
M 1000万円
A 確かに必要な年収だ
R そのぐらいは達成可能だ
T 来年の4月30日までに
この原則を踏まえていない目標は、途中で挫折しやすい。
・八百屋(セルフイメージの必要性)
私は野菜を売るのが仕事
↓
季節の食べものの提供を通して、
家族の絆と健康を
促進するスーパープロモーター&マーケッター
・センス(感性)は、情報量に比例するということが、
最近の完成工学の研究でわかっている
センスがある人の共通点、
それは
「大量に本を読んでいる」ということだ
・カセットテープが奇跡を起こす
・成功のダークサイドを知る
その反省として
1完璧を目指さないこと
2家族を大事にすること
3稼いだお金は有効に使うこと
投稿日:2008-09-04 Thu
本日、4日、みのものた司会の朝ズバで、田中真紀子さんが、
今回の福田総理の辞任劇についてコメントをされていた。相変
わらずの知識、皮肉、教養、揶揄、機知、笑顔。たっぷりに、
楽しかった。みの氏の凄い突っ込みも「あら〜、そういうこと
やっぱり聴いちゃうの?」なんて、普通なら神経尖らせてプリ
プリするところ、このあっけぴろげぇなところがいい。好感触
だった。あれだけ政治界にメスをと、ガンガンとテレビで盛り
立てながら、真紀子さんの筋はなかなか通っていたと見えた。
その最後にである。
「今後、国民は、どうしたらよいでしょう?」(アナウンサー)
「まぁね、
みんながテレビを見ないで、
テレビなんかさ、見ないで、
自分でし っかり情報を収集して、
きっちり考えることですよ。」
そんなことをいった。
と
そのいったあとである。
「あ、このテレビは見てくださいね」(アナウンサー)
すかさずだった。
政治の既得権益は壊そうとやっきになるテレビのヒトたちも、
すかさず自分の既得権益は守るセリフに笑いを覚えたのだ。
世間は
欲望と自己保存の本能でうごいていると
家康はこの歳になってしみじみと知らされた。
<関ヶ原 司馬遼太郎>
(三成の伏見城攻撃の後に、西軍三成を裏切り家康に密告
する者が多かったことからのセリフ 関ヶ原)
まずは権益を守る。自分の欲望と自己保存を大切にする。
何もまちがっちゃいない。
さて、テレビ全否定はせぬが、政治(国会議員)との接点が
すごく少ない昨今、やはり政治家のテレビ以外での露出を増
やすことって大切ですね。
朝の大阪のビジネスホテルで笑ってしまった。その後は、長崎
県庁のカタとお打ち合わせ。五島の話、長崎の話、公私混合?
いいじゃないの、すごく楽しく長崎の未来を語った。
本日も感謝。
投稿日:2008-08-24 Sun
名古屋の「食」といえば、ひつまぶし、エビフライ、味噌煮込
みうどん、みそかつ。
そして、みそかつといえば「矢場とん」
そして、「矢場とん」といえばみそかつ。
最近、韓国の某飲食店が豚ちゃんのキャラクターを物まねして
ニュースになって若干、有名になった。
とんかつでビルが建った。創業50年からの急転換。10年で
6店舗、年商17億円に急成長。隣の席は明らかに大阪からの
若いお客さん、僕とTくんは二人で「わらじとんかつ」をガッ
ツリ頼み、2枚のロースを一枚ずつ味噌とソースとで堪能。地
元にも観光客にも愛される。

■わらじとんかつ
11時30分なのに、ビルの周りに人の列。ビルの壁には、こ
こまでで待ち時間10分、ここまでで待ち時間15分と書いて
ある。ついつい店舗においてあった

■脱・家族経営の心得
名古屋名物みそかつ矢場とん 素人女将に学ぶ
(藤沢久美 幻冬舎)」
を買って読んだ。2代目社長の奥様が、経営革新をしていって
家族経営から企業経営へと変革していった50のショートスト
ーリーで経営の視点よりまとめられた書。脱家族経営といい
つつも、会社への哲学、商品のこだわり、社員へのまごころ、
そういったものに「愛」がみえる。
ただこの本は、脱家族経営というよりも、外から来たヒトが改
革にどうやって漕ぎついて、どう実施してきたのかという点が
多く、外様の女将さんの生き様集という趣が強いが、すごく、
ストンとくる内容だ。
50の中で私が記憶に残り、7ほど軽く紹介。
16.新人賞をもらった子にはモンブランの万年筆
新居を建てたばかりのMVPの子にはテレビ。
→お金ではなくその人にあったモノをプレゼント
⇒会社の儲けをどのように社員に還元するか。
22「矢場とん」だけじゃダメなんです。
あそこに行けばおいしいものが揃っているよっていうことが
大事だと思うんです。
→名古屋駅への出店のときに、うちだけではダメ。
ひつまぶし、味噌煮込みうどん、などあってみんな束ねて
名古屋めしっていぃ!っていう場所に出店した。
⇒カリスマ的なお店が一店舗あっても
商業施設は繁栄しない。
それぞれの店舗の総合力で、「名古屋のめし」の魅力を出す。
(筆者)
28.みそかつと私たちがいれば、そこは「矢場とん」なのです。
→串かつの矢場とんからとんかつの矢場とん
とんかつの矢場とんからみそかつの矢場とん
と変革してきた
⇒「名物」「老舗」とは、変わらないことを意味するのではありません。
常に時代に受け入れられる存在であることを意味するのです(筆者)
29.いい意味で一流をめざしていくというスタイルは崩せない
→うちのすスタンスをもち、ワガママ客は排除する。
⇒商売人とは、相手の懐に入るのが上手な人でありながら、
決して人に流されない人(筆者)
38.独身の子たちには、早く結婚するなって言ってます。
(この章の内容は深いです。)
⇒会社を支えているのは従業員だけではありません。
従業員を支える家族もまた、会社を支える存在です。
43.あなたたちを生活させるために
串かつを何本うらなきゃいけないと思うの。
⇒教育とは、格闘による、信念の伝承です(筆者)
45.観光客ばかりではダメ。地元に愛されなかったら
そんなのは「矢場とん」じゃない。
などなど
あとは気になるところが、いっぱい、最初に一読すると
40分くらいで読めるのだが、す〜っと入っていく。
理念、商品、接客、人材、組織、財務、すべての視点で、
具体的に分かりやすくポイントが抑えられていて、また、
当たり前なんだけど、当たり前がギクっとする素晴らしい
矢場とんのストーリーに触れられた。日報制度のススメ
もあるし、脱マニュアルの話もあるし、経理の話もあるし
儲けのコツもあるし、とにかくわかりやすくて面白い。
女将さんばかりで2代目社長へもっと光を当てて欲しいな
という個人的な感想はあるにしろ、
ぜひ、小さな経営者、脱家族経営を目指すトップ、大企
業の部署のリーダー、飲食経営関係者にお勧め。
8月に出版されたばかり。
おぉ45分たった。
このあたりで。
矢場とん
・1947年創業
・名古屋市矢場町の老舗味噌カツや
・ナゴヤ球場で「串かつ」を販売して以来急速に周知
・とんかつでビル
・ナゴヤ駅エスカ店の出店
・04年東京銀座に進出
・08年中部国際空港に出店
・カンボジアに学校
・本店店舗に中日の選手のユニフォーム
・店舗に白黒の歴史写真、「豚」のキャラクターで統一
http://www.yabaton.com/
投稿日:2008-08-17 Sun
川は泳ぐのではない、飛び込むのである。
ダムができる前の奈良県吉野郡川上村。
2000年夏、ギリギリの体験を私は楽しんだ。
さて今日、日テレのDASH村で、大自然の飛び込みポイント
を紹介していた。ワクワクドキドキと田舎のよさ、その醍醐味
を伝えてくれた。山口くんは愛媛県の海や徳島の吉野川水系で、
城島リーダーは静岡で、日本の田舎の清流に、飛び込んだ。
・愛媛県今治市・瀬戸内海燧灘(ひうちなだ)にある芸予諸島の無人島
・静岡県賀茂郡河津町を流れる河津川
・吉野川に355本ある支流の一つである赤根川。
・吉野川本流の大歩危(おおぽけ)・小歩危(こぽけ)
・静岡県浮島海岸
・富士川にある天然の飛び込み台「鷲岩」。
http://www.ntv.co.jp/dash/tetsuwan_new/past/2008/0817/02/01.html
↑ここに紹介されているが、
ここでは、全然、臨場感&緊張感&恐怖感は感じられない。
ただテレビでもかなりのものだったし、現場はもっともっといわ
んやおやだろう。
ふと思い出した。
京都のアミタ持続可能経済研究所で、たまたまお互いに
出会ったのだが、村山さんという写真家のこと。
川ガキを撮り続けている。川で遊ぶガキんちょをターゲットに
写真を撮り続けているが、一度出会っただけで十分忘れられ
ない存在となり、ファンになった。
http://www.kawagaki.net/
「川がき」
私の修士論文も「子どもの川遊び」を徹底的に追ったのだが、
このテレビ、この写真家、忘れてしまった何かを思い出させて
くれる。
しかし、これに対して負の想いもある。奈良県吉野川の宮滝とい
う某有名なポイントは、毎年1人ほどは溺れて死者が出る。私も
よく近くを通るが、一度も飛び込んだことはない。死者がいると
聴いているからだ、にもかかわらず、連日夏は大賑わい。
地域で育ち、小さいころから水を知らされ体験してきている子ど
もは違う。しかし、たいがいソトから来た人が無謀なチャレンジ
をして命を落としている。そのため地元で遊泳禁止になった地区
もある。
テレビでは、田舎は素晴らしい、外で遊ぼう!飛び込もう!とい
うことを伝えたいのだろうが、これ自体は大賛成。ただし、事故
にならないためのレッスンや、地域の人がいないなかでは飛び込ま
ないようになどテロップはなかった。
実は、なぜこの川遊びが減ったのかというと、ダムや河川の環境
の変遷というよりも、実際は、社会的要因も意外と大きいのだ。
昔は、小さいころから、地域地区のおっちゃん、おばちゃん、お
にいちゃんが子どもを「実は」見ていた。そして、子どもの名前
が書かれた札をもっていき、見守りのおばちゃんに渡してから遊
ぶという、川ゆき札という制度など、その地域それぞれの子ども
を守る文化があった。
この川ゆき札という地区活動で、札ではなく縄であったにしろ、
実は遠くはなれた十津川村にもあった。私は、かつて一戸一戸
尋ねて聞き取りに回ったのだが、実は、平成に入ると夫婦共働き
になったり、地区のお兄ちゃんも子どもを見なくなり、その制度
が崩壊していった。
環境と社会の構造変化における
川ガキの減少はきわめて問題である。
そこにも、この川遊びの魅力をしる。
だからこそ、清流を残そうという動きと、もうひとつ、地区地域
の人たちが大切に子どもを守りながら(当の子どもたちは守られ
ているという認識はなく、自発的に遊んでいるというバランスが
必要)、社会的な基盤も大事だということに気づきかれたい。
今年川上村役場に就職した杉田くん!
7年前。
僕が学生のとき、
君が6年生のとき
「おら〜、みんな飛び込め〜」って
同級生10人くらいと僕で
吉野川の支流の上多古川で飛び込んで遊んだの楽しかったなぁ。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「川ガキのいるところ」
村山嘉昭 屋外写真展
期間:2008年8月11日(月)〜31日(日)
場所:東京ミッドタウン「ミッドタウン・ガーデン」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
△ PAGE UP



