投稿日:2008-06-23 Mon
人間は、
経営は、性善説か性悪説か。
どっち?
性善説なき性悪説は犯罪
性悪説なき性善説は寝言
そんなのバランスじゃん、まぁそれでいえば終わってしまうが
どっちをベースにおくべきか、国や歴史によってどう違うか、
起源たる孔子や韓非子は何を言ってきたか、そんなことを知り
たく、先日のプレシデントで紹介された本を今読んでいる。
そこで、
高校時代の漢文の授業を思い出した。返り点やフリがナが一切
ついていない「白文」しか与えられず、これを漢和辞書だけで
読み込む訓練をされた。たまにある生徒(友達)がいい返り点
をつけると、
「おまえ、参考書みただろ!うしろにたて!」
「見てません!」
とまぁ理不尽な教育方針だった笑。またグループに分かれて
「性善説」と「性悪説」、もしかしたら「長所伸展」と「短
所是正」のどっちがよいかというのにも近いが、こういった
弁論大会も高校2年生のあの横浜の暑苦しい校舎でやった。
古文よりも漢文が好きなのはその思想性の高さと高校時代の
T先生の厳しさがあったからかもしれない。元気かなぁ。
有朋自遠方来、
不亦楽乎
臥薪嘗胆とか好きだった。いまさらになってあの漢文の先生
の価値がわかってくるなんて。教育なんてそんなもんか。
いま「右手に論語、左手に韓非子」と「社長のためのマキアベ
リ入門」とを同時に読んでいる。マキアベリといえば君主論。
これは、ほぼ性悪説にのっとって書かれているわけだが、論語
は性善説、韓非子は性悪説を基準に書かれているなかで、利益
と理念のバランスをどう取り入れていくのか、人を信じるか疑
うか、どこまで認めてどこで切り捨てるか、悪徳と仁義をどう
取り入れていくのかを知れる。また「社長のための」は、具体
的な法や技も書かれており、とても参考になる。もちろんマキ
アベリの君主論を現在の国を会社に置き換て、わかりやすく書
き下ろしているだけなのだが、
M&A、マネジメント、企業統制、市町村合併、など
こういったときにどう組織を経営していくかという点で、その
処世術には、行政から民間まで広く受け入れられるおもしろさ
がある。トップやリーダー、あるいはリーダーにならんとして
いるひとにしか面白くはないだろうが・・・。
性善説
性悪説
たとえば、どんなに美しい理念があっても、利益がなくなり、
会社を潰してしまえばどんなトップであっても「悪」である。
「社長のためのマキアベリ入門」はそんな言い方からはじまる。
一見悪徳かもしれない過激なリストラ策が結果的に会社を救い、
業績を回復させ、社会に認められることもあれば、社員から慈
悲深く人間性あふれる人物と慕われていた社長が、おのれの評
判を汚さないために、リストラに着手できず、ついに社員とそ
の家族全員を地獄に貶めることもある。文化事業をしていると
いうプライドのある良心的な会社には「悪徳」を身につける勇
気がすくなかった社長は少なくない。
などと書かれている。
悪というのが世間でいうどの程度の「悪」かは別として、きわ
めて具体的な「悪」と「善」の行使のバランスが書かれている。
もちろん、孔子が論語(弟子が孔子の教えをまとめたもの)で
なにをいっているかというと「仁」をたいせつにした「徳知主
義」であるが、そんな世の中そんな理想通りいくまいと、孔子
の弟子である荀子は「人の性は悪、その善なるは偽なり」とし
て性悪説を唱え、「法治主義」の必要性を訴えた。韓非子は荀
子から学び「韓非子」という書物にてそれをまとめた。
人間を動かすもの
それは「情熱」である。
(これは僕らの会社のミッションですが)
と先人はなにいってんだ・・・・笑。
と、いわく。
人間を動かすもの
それは「仁」である これが孔子
それは「利」である これが荀子、韓非子 なのである。
「利」がイコール性悪説であるというわけではないが、意味合
いは性善か性悪かというのは、利己的か博愛的かというところ。
基本的に同じ人間でも国によって違う。とくに中国は違う。多
くの中国ビジネスを経験しているひとは体得されているが「中
国は基本的に性悪説であり、利で動く」「日本は基本的に性善
説であり仁で動く」このスタンスの違いを知らないと、利も仁
も自分自身でくるって崩壊してしまう。「右手に論語、左手に
韓非子」にも書いてある。
結局、自分の後天的な経験と自分の先天的な性格を加味しなが
らここちよさを自分で探すしかなく、これらの過去の教えに素
直にしたがって、自分の足りないところを取り入れ、自分のよ
きところを伸ばせばいいのだが・・・。
論語の名文
韓非子の名文
君主論の名文
がそれぞれ短編にまとめられているので読みやすいです。孔子
の視点にたつと、強い利益がいかに「悪」かはわかるが、君主
論や韓非子の視点にたつと、美しい理念がいかに「悪」かなん
て思ったりもして・・・。
どうでしょう?みなさま。
自分は、 性善説:性悪説が 何 対 何ですか?
追伸
中国が性悪説というのは、いまこそ「利」という視点が強いだ
けであり、ちょっと前の日本もそうだったという人もいます。
先日お会いしたある経営者は、「中国ビジネスをすると、もう
ひどく痛い目にあった。契約の仕方とかひどいもんだよ。例え
ば、留学して日本にきて3〜4年じっくりと世話してあげて家
族同然くらいにならない限り、だれも信用できないよ。でもね、
それを悪だというのはおかしくて、それが基準なんだってわか
ってあげることが大切。だからすごくゲームなんだよね」そう
教わった。人を信じて入るか、人を疑って入るか。だまされて
も心地いいって思うかどうか、利益がでなくても心地いいって
思うかどおうか、逆に、だましてもいい、利益がでればいいか
どうかと思うかどうか。その軸は相手を思いやりながら、自分
でもっていないといけないんですね。ってこういっている時点
で自分は性善説か笑。
「商売下手やねん、情かんでな」
奈良県の某村の製材の方がいってました。そういって山村や田
舎が美しいといいながら、利益をなくし、崩壊してしまうんで
す。いやいやね、でもね、昔はね、美しい山村があたっていう
けど、林業家や材木屋はエグかったんですよ。・・・ね。
吉野杉でもうかった、それを吉野ダラーという。
数々の傲慢と大阪のおねぇちゃんに払ってきたお金はもうどう
しようもないんでしょうか。復興に燃える若者は理念重視です
し、環境の持続性、利益の必要性、経営の永続性ってほんと身
にしみます。
投稿日:2008-06-22 Sun
洞爺湖サミットがもうすぐだ。それに便乗しているのか、各種
特集番組は嬉しいところだが、最近の行き過ぎたエコプロモー
ションには、さすがに敏感になってしまう。
たまたま今日みた3つのテレビCMより考察する。
一瞬目を疑った。え?どこのCM。急にブランドイメージが変
わる企業もある。いま、芸能界で不動の地位をほこるキムタク
様と、いまビジネス界で最強の時流にのっているエコ活動を掛
け算したCM。それが日清カップヌードルだった。
トップバリュー(イオン)のPB(プライベートブランド)で
はカップヌードルが90円くらいで売っていて、いま大ピンチ
のNB(ナショナルブランド)の日清のカップヌードル。
価格で負けたら、あのわけのわからぬマンモスだったり、アキ
ラの宇宙だったりする路線から変更したのか。パッケージを変
えますといことで、天下のキムタクさまと天下のエコ活動で反
逆に出たということか。そう思うと、マクドナルドはずいぶん
前から、ビッグマックの容器を変えたのは時流を先取りしてい
たというのだろう。
「変わろう。
地球のために、みんなのために、おいしさのために」
というキャッチが日清カップヌードル。さて、これはあたるか。
売れるか。いままで、安さと手軽さと美味しさを求めていた客
層がエコという概念を手玉にとって売れるか。楽しみだ。
その点、とってもわかりやすいのがヨコハマタイヤだ。織田裕二
が2種類のタイヤを転がして「ほらね、この違いがエコ」とい
うのはわかりやすい。
同じく同業者のブリジストン。コーポレートステートメントは
「PASSIONfor EXCELLENCE」であるが、いまは、地球のため
に、ひとつになる、という「One Team、One Planet」というメッ
セージも歌い、タイヤ再利用の商品の発表や新商品でもエコ
を歌いだした。
(この車を運転すればするほどエコだと思わせてしまってい
るところとか、JRなど電車に乗れば載るほどエコだと思わせる
ような、カレらの宣伝力は、逆に、すごいなぁと感心する・・・。)
ブリジストンのブランド戦略については、3年前某ビジネススク
ールで中西元男先生が当時のブリジストンのブランド戦略担当者
を招いての話を聞いたことがあるが(すごくブランド戦略を学ぶ
にいい事例でした)が、その話を聞いた3年前ですらあまりエコ
意識が少なかったと私は思ったがずいぶん変わった。
世間の力とはすごいものだ。メディアの力なのだろうか。エコや
環境CSRがブランド力をつくる(本質的かどうかはあえてぎろ
んしない)手段になりかねないということだ。
ただ本気だとしよう。
CSRというイメージであれば日本全国の里山に捨てられている、
数々のボウフラの住まいとなっている古タイヤをブリジストンが
回収していくことがもっともエコだと思うが。結局、トヨタのエ
コ替えとかも、実質的には、買い換えさせて、古い車を途上国に
輸出して、という非エコ活動を裏では奨励しながら、「比較」の
マジックにより、消費者を手染めにしている。もちろん、トヨタ
は自分たちの活動そのものが地球によくないと暗に伝えながら、
新たな森林保全活動に参与してきている。
ただ
エコは比較対称があってエコ。
理解しにくい世界である。
自社比較エコ(AタイヤとBタイヤ)
(パッケージ変えました)
(Aの代替でBをやってます)
競合比較エコ(新幹線と飛行機)
(電気とガス)
また、エコとは若干離れるが、ヴォルビックのCMのようにあなた
が1リットル買うと、アフリカで水に困っている人が10リットル
恵まれるというのはわかりやすい。ストレートな参画意識が大切だ
ろう。ただしボルビックを買いすぎてフランスの地下水なくなりまし
たとか、アフリカの井戸は掘ったけど、日本の水を守ってきたその
森を守らず、日本の井戸を潰してきたのは誰?みたいなところは気
づかない。自噴する井戸があり、水道代がただであり、美味しい水
がいつも手に入る「打ち抜き水」の西条市は、マンションが増えて、
近所は、自噴する井戸水が減ってきているとか、いろいろな日本の
郊外で温泉掘りすぎて、地盤沈下してるとかいろいろとある。
問題は、別にアフリカがいいとか日本の森林がいいとかではなく、
結局、これを助けよう!という伝え手側の強さだったりするわけ
である。
洞爺湖サミットは何を本質的に語ってくれるだろうか。現実では生
きるためのどんな利益の格闘劇を繰り広げていくのだろうか。
エコを伝える今後としては、以下のことが必要ではないか。
・自然に逆らわない本質的解決
・科学的な根拠の提示
・参画意識
・わかりやすさ。
・信頼と透明性
・そうはいっても、商品における欲求性と必要性と物語性
このあたりが今後にポイントとなってくる。見極めるのは消費者だ
といいたいが、そもそも空気には酸素と二酸化炭素しかないみたい
「空調」はどうかとおもうが伝える側も難しい。やっぱり欲求性や
必要性があってこそ利益になり企業は永続性の必要条件を得られる。
そして結局はPRの力。マーケティングは諸刃の剣である。利益を
あげて、それを植林して、それを体外的に伝えさえすればいいとい
うのはもう時代遅れである。
農業においてもリサイクルブームであるが、本来自分たちの領分で
しょという既存のフィールドなのに、他業種に新規参入されてしま
っている。
資本家とプレーヤーは違ってもいいが、そもそも昔からエコ(彼ら
はエコといってこなかった)をやっている人たちが世間から消され
ていこうとしているのは、異常である。
私としては
まずは自分の身の回り、そして、日本の森林に目を向けさせること
をどのレベルでやっていくか、つねに模索しながらやっていくしか
ない。最近嬉しいことがあった。お付き合い先の会社で、若い山の
衆で、3組も結婚ラッシュ!!俺が日本の林業を変えるといって東
京での仕事をやめて、天竜林業地域にきたOくん、近くでいい彼女
を見つけ、もうすぐ結婚。こんな現実のほうが、エコとかじゃない
エコなんだけどなぁって。かっこいぃんだな、カレは。
そのカレ。
↓
http://www.fujiichi.co.jp/contents/recruit/staff1.html
〜参考〜
http://www.cupnoodle.jp/index.html
日清カップヌードル
http://www.bridgestone.co.jp/promotion/
ブリジストン エコタイヤ
http://www.volvic.co.jp/1Lfor10L/index.html
ボルビック1L→10L
投稿日:2008-06-20 Fri
さて、船井幸雄の最大の敵が「神」や「宗教」だったという話。
それでは、
人生において
いやな人、すごい敵と出会ったらどうするか。
それを、わたしはちょっとまとめてみた。
1.その本人を打ちのめす。
これ一般的である。
これ簡単、そしてこれは根本の解決にならない。
問題対処である。
船井幸雄は違った。
以下のようなことが問題解決であり
自分を成長させるのであろう。
2.そいつのカテゴリーに属する人間にたくさん出会う。
その中でいい点を見つけて、自分のものにしてしまう。
3.あるいは、屈辱を受けたそいつではできないことを
自分の軸でやっていく
前者が「宗教熟知」
後者が「株式上場」 これが船井幸雄だったのだろう。
経営コンサルタント会社として世界で始めて上場したのも、
ある銀行のおえらいさんにバカにされた経験があってこそ、
「3」があってこそ、だろう。いまでは丸の内の事務所に
居を構えているわが社。創業者の素晴らしさに、無名たる
一社員である私が、触れた。
もういちどいう。
自分に一番いう。
アイツむかつく!
あいつは敵だ!(低俗な言葉ですみません)
をプラス発想で脱出するにはどうするか。
・アイツと同属のヤツに出会い、
そいつらのイイとこをみいだして、
自分のものにしてしまう
(敵はその人ではない、そういう人たちである発想)
・アイツにはできないこと
それを自分で極めきってやろう
(敵はその人ではない、自分自身である発想)
当人を憎むなかれ
属人を憎み、長所を盗んで包み込め
当人を憎むなかれ
自身を憎み、長所を伸ばし伸びきれ
(憎むという言葉はよくないですが・・・
いみあいを理解していただければ嬉しいです)
ふとかってに私はそう解釈してしまった。いま最大の敵たるべ
きものを「拒絶」するのではなく、その世界を知り、その世界
のよき部分を習得して、包み込んでしまおう、そしてその人で
はできなかったことを、やりもしないこと、それを自分では確
実にやろう。
これが、素直、プラス発想、勉強好き、
とはこういうことかということでもある。
最後に、この本のなかかいいなぁと思った言葉を紹介したい。
「好況のときには経営力の差は目立たない。
不況の今こそ、生活者、消費者にはっきりと、
この差を認識してもらえるいい機会である」
(幸之助)
これが松下幸之助のプラス発想。とある経営ピンチのときの名
言として紹介されていた。まさにそのとおりだと、先人の言葉
をありがたく受け入れたい。
二人の成功話、失敗話も満載なので、親近感と尊厳感の両方を
得られる、いい本に出会った、さて現実、現実!実践をしてい
くのみである。そんな美しく包み込めるのかなぁと思いながら。

◆去年の7月 船井会長と私。
メンバーの栃尾くんと二人、
今後の地域再生についてご相談をしていただいた。
「吉野」が今後面白くなるというアドバイスも頂いた。
入社前に船井幸雄を知らなかった自分が恥ずかしい笑。
当初の新卒採用の網掛けに感謝してます。
すべてが必要必然ベストです。
この本をよんでますます好きになりました。
もっと船井幸雄(創業者)の本を読みます、
いまさらながら大反省です。
投稿日:2008-06-19 Thu
また本の紹介です。
前回も簡単に紹介した、威服、利服、心服の話があった本。
経営指導の神様「船井幸雄」と経営の神様「松下幸之助」のス
ゴサに触れながら、そのすごさと逆説的だが、とても親近感が
得られる、これは、そんな本だった。
〜カリスマの研究
船井幸雄と松下幸之助に学んだこと(中島孝志)〜
ただしこの本は、この二人をなんとなくでも知っている人とい
う方が読むとよいが、まったく知らない人が読んだら、少々、
つまらないかもしれない。
そうはいっても、「長所伸展」「素直」「プラス発想」「運を
創る」「死との対面、生との直面」「宗教」「宇宙の哲理」「
水道哲学」などにおいては、興味ある経営者、リーダー足るべ
きものが知っておいたらよい、それらのふたりの具体的体験が
豊富に描かれているのでオススメだ。
しかし、やはりこの人物二人は、原体験が強烈である。浮き沈
み、生死の直面、そんな原体験があってこそ、運も引き出され
てくる。
「僕の人生は全部、泥縄人生だった、
(略)
なんで自分だけこんなに苦労しなくちゃいけないのか、
子供が生まれてすぐ、
彼女(妻)が死んだのが26歳、私はそのとき30歳
それまではいたって気楽に世の中を拗ねて適当に生きていた。
生意気な人間だったと思います」
船井幸雄は述懐する。
また
松下幸之助は運の強さをいう。
「自転車に部品をつんで運んでいたら
自動車にはねられ、そして線路に飛ばされた、
そこに、電車がやってきて、死ぬかと思ったら
電車は幸之助の直前で止まった」
海に沈んでしまって死ぬ思いをした経験もあるが生きている。
特に、船井会長(と親しみを込めてますが)の原体験、いまで
は神様仏様みたいな笑顔の船井が、かつては知らぬケンカの船
井といわれたほどの時代があったこと、多くの「侮辱」をうけ
てきたこと、そんなさきにわが社の今の理念があること、それ
も書かれている。
たとえば
弊社の理念である「素直」「勉強好き」「プラス発想」という
ことに、科学的かつ体験的根拠があり、こうやって生まれたと
いう事実。また、宗教の知識がなぜ経営指導に必要かというこ
と。そして、いまなぜホンモノにこだわっているのか、この原
点について書いてある。
たとえば宗教。船井会長が確信の自信をもってして調査分析な
どを行って支援をしたとある経営者のことが書かれている。そ
の経営者は、船井の提案とは違う、具体的アクションを行って
しまった。そして結果はでなかった。なぜだ、なぜだと船井は、
きく。
「いや、私の神がこうしろっていったから・・・」
愕然としたという。その愕然とは、コンサルティングの無力さ
ということだけではなく、世の経営者の殆どがなんらかの神や宗
教を信じているということ、そしてその声にしたがって動くこと
があるということ、そしてそれを知らなかった自分自身に愕然と
した。
「神様と意見が違ったら、コンサルタントは絶対に負ける」
そう思った。
その後、これではわが社の商品の最大の敵が「神」や「宗教」
であるとするならばと必死に調べた。すると、経営者の百人の
うち90数名が何らかの神様を持っていたこと。それに驚いた。
後に、包み込みの発想で証明されるが、神様対策を真剣にした。
顧問契約の前には
「あなたがまさかの時に相談する神様や占い師、易者さん、
霊能者はいませんか?いたら私に紹介してください」
と最初に確認して顧問契約をしたという。そして、その延べ、
千人ほどの神様や占い師、易者、霊能者に出会ってきた。研究
の成果をまとめると、船井(会長)は、神様にはまじめで立派
なものもいると知る。そして常識はずれな神ではなく、まじめ
な神様はきわめて良心的なのであるとその世界に精通された。
その後、経営者しかしらぬ死の恐怖、継承の不安、そういう点
からも神様の必要性を否定しなかった。結局の原点は、自分の
最大の敵が神や宗教だったということから、それらを学び、分
析し、いや「出会う」ことを通して、そのよい点を包み込んで
しまったということ。
あくなき探究心の強さに、カリスマの違いを見た。続きは明日。
投稿日:2008-06-15 Sun
役所がヘッドハント
これは、朝日新聞の本日の記事である。
「逸材」招き活性化を託すという。ソトモノの異色のひとたち
がマンネリを打破するという。今、一般職においても、地方公
務員の中途採用が増えている。
04年度773人
05年度1107人
06年度1923人
(全国の中途採用の地方公務員数)ってかそれでも少ない!
そのなかで、3つの自治体が紹介されている
和歌山県高野町は、人口約4千人の町。「日本のバチカン」と
いわれ、世界遺産に登録され日本仏教の聖地のひとつ真言宗総
本山である高野山がある。最近は観光客と人口減少に悩むが、
その町の再生を託されたのが、長野県飯田市の元職員で、まち
おこしに先駆的な実績を残された「高橋寛治氏」が副町長とし
て登用。「全山禁煙」構想をうちだすなど、文化財保護のため
の動きなどが動き始めている。
宮城県豊谷町は、昆野武裕氏が町からヘッドハント。それまで
は気仙沼市の職員であった。ダム建設反対運動にかかわったり
公務員の枠に収まりきらない役人生活を送ってきており「ソト
の空気を知っている異能が欲しい」と町長に誘われた。
大阪市は、公募で転身。年俸1300万年で公募された大阪市
IT改革監のポストを射とめたのは木村毅さん年収は650万
円から倍増し、電子関係の経営コンサルタントであったが、民
間の経験を活かし、役所のコスト意識に驚き概算予算のなかで
32億円をばっさりと削ったという。任期は来年3月まで。
私の知る
地方自治体でも
こんな人が、あんなところへ!と、色々と変わり始めている。
さて
私の手元にちょうど、5月12日の日経ビジネスがあった。
「こんな行政いらない」という特集である。建築、金融、医療、
交通、食産業、など各所の行政の規制と現実とのギャップにつ
いての記事であり、メディアがつくるムードで政策をつくって
いる現状や、その政策が経済を殺していると痛烈に批判している。
この記事で、電通総研のデータで面白いもモノがあった。
「国民皆が安心して暮らせるよう
国はもっと責任を持つべき」と考える人の割合
1ロシア
2日本 (71.4%)
3コロンビア
4ドイツ
5イタリア
8中国
10米国 (40%強)
11英国 (40%強)
12スウェーデン(33.1%)
この「お上依存」が世界トップクラスであることを批判し、一
民間が顧客との対話を繰り返して、行政処分を受けても消費者
は指示し続けた、福岡県の遠賀タクシーの例は、行政に降りま
わされている現場に夢を与えている。
これがリバタリアンという。
たしかに市場原理に任せていたら格差がひろがる、行政に民的
発想(彼らにとっては民敵発想か)をいれると社会が不幸にな
るなどあるが、リバタリアン(自由意志論者)というのは違う。
市場の原理の失敗はしばしば指摘される
政府だって行政だって失敗する
そのスタンスにたって自立と自律を促すのがリバタリアンとい
い、森村進教授(一橋大)や蔵研哉准教授が詳しい。
「市場も政府も完全でない。
であるならば、市場(消費者)に自由があるほうがよい」
というスタンスなのである。ここにはないが、北の湘南とい
うち地域ブランドを立てた北海道伊達市のウェルシーランド
構想も、お年寄りに対するモビリティーサービスに関して、
国交省の規制を変えさせたのは、伊達市にすまうひと(消費
者)視点による政策を推進していったゆえんである。
結局、一民間企業が、一地方自治体が、顧客視点にたって、
経営に専念し、つきすすむべしということ。
お上とのネットワークももちろん、発言権獲得ゲームにはおい
て必要であるが、なんのためのゲームか。お上とつながるため
でなく、消費者(居住者)視点になること。
政策をメディアが作るムードで決めてしまっているお上の実
情を認めながら、あの姉歯から一連の改正基準法の制度を指
揮した、和泉洋人・住宅局長ですら、陳情した。どちらも不
完全である。
補完しあう
そしてその前提は、市民視点にたつこと。
政府も民間も消費者の自立支援に軸を据えていく。若干の飛躍
にはなるが、だからいま、顧客視点にたち、機敏性高き、地方
の中小企業、地方自治体がチャンスである。
投稿日:2008-06-14 Sat
いま「船井幸雄と松下幸之助に学んだこと」という本を読み始
めた。経営指導の神様と経営の神様にホンモノの行き方を教え
られ直弟子の「中島孝志 氏」が明かすというものである。
最近、ちょっと体調を悪くされていた船井会長(現名誉顧問)
の話を聞いていたので、ふと気になり、会長の本をもう一度、
よみなおそうかなと、大阪本社のコミュニティースペースに
ある書庫郡に目を通し、一冊手にしたのがこの本。
まだ入り口しか読んでいないが、すこしエッセンスを紹介。
(抜粋)
「カリスマ」と言われる日本人が少なくなった。これがいいこ
となのか悪いことなのか、不勉強な私には判然としないが、一
つだけいえることは「日本人が小粒になった」ということだ。
(略説)そこで明治維新後の政治家、財界人、戦国武将などが
いた時代から、いま現在はカリスマがとんといなくなったと書
かれており、寂しい限りであると序章をまとめ、導入として
「経営の神様」「経営指導の神様」にスポットを当てたとある。
そこで、著者が書いているカリスマの定義は、自分の哲学主張
がチーム内に染み渡り、一枚岩となっているということ。「カ
リスマのいるところ、民主主義はナンセンスである」という言
い切りは、この書の導入において、先を読ませたくなる読者へ
の効果的なフレーズに感じる。
そこでひとつ。
人が人に服する3ケースについての話がある。
1利服
2威服
3心服
1の利服とは、このひとと付き合えば得をするという場合であ
る、ビジネスシーンでは利益誘導による服従で、いわゆる利服
なるものが多い。次に、この人と付き合わないと跡が怖いとい
うケースで官庁相手のリベートや株主総会でのトラブルなどで
はとくに脅しで服従させるという威服がまかり通っている。
これらはカリスマではない。と筆者はいう。
3の心服こそカリスマで重要な要素であり、つまり好きで好き
で仕方がないと思われること。この心服がベースとなり、精神
的な支柱になってこそカリスマだといえる。利益だけでは、人
の心に訴えるものがない、心も波動である、ココロと心が触れ
会わなければ組織は調和せず、カリスマはなれないということ。
そしてその一人、が松下幸之助、そして船井幸雄だと。
私としてはこの3つのバランスがあってこそカリスマと思える
ため、そのパワーバランスについて考えてみたいと思った。
もちろん心服がもっとも必要であるが、自分の哲学を浸透させ
るのに利益なくんばそれはほぼ宗教と化し、雇用を確保しなが
ら、一日の殆どをすごす仕事を通して、哲学を浸潤させること。
これが、経営者の凄みであり、かつ商品にまでその思想を詰め
込んでひろく世に貢献し、利服の広がりがあってこそ心服の前
提にも繋がる。なにも清貧思想の否定をしているわけではなく、
仏陀やガンジーなどのカリスマとは別に、とくに現在の資本主
義において利服と心服のバランスについては、大いにトップ経
営者が持つべく資質として重要なのかなと思わされる。
「威服」が必要かどうかは、項羽と劉邦から学べるし、かつて
私が日報に書いた坂本竜馬も星野監督も、私がおつきあいして
きた経営者のなかにも「優しい顔と厳しい顔」の両面を持って
いることから、これは心服と威服の両面があったことに繋がる。
また、心服は理念であり理服は利益である。
いつもいっているが
理念なき利益は犯罪
利益なき理念は寝言
である。
言い換えれば
心服なき利服は犯罪
利服なき心服は寝言
そしてそのバランスを保たせる威服。わたしはこの3つがうま
く循環しているようにおもう。カリスマになるかならないかは
別として、よきリーダーたるべきものとは何かにつながり、ま
たその先のカリスマとは何かについて、学び、実践していける
かどうか。自分に足りないのはなんだろう、足すべきなのはな
んだろう、皆様にもお勧めできるかどうか、また読み終えたら
報告したい。
投稿日:2008-06-12 Thu
数々の植林ツアー、伐採ツアー、林業教室、環境イベントの企画や支援をしてきたが、なにをいう、参加している自分が一番
楽しかったりする笑。
理念から利益へと繋げる「成功する植林ツアー7つのルール」
なんて支援先にはお伝えしているが、割愛。今日はあくまで我
々は取材。しかし、子供は可愛い。無垢だ。無垢材だ。今日は、
大阪府の小学生が、クライアントの林業教室へと紀伊半島の山
の中へと参加。小学校5年生。
「お〜い、おっちゃん! 年いくつぅ!?」
「いくつにみえる?(私)」
「47歳だろ!」「いや、22歳?」
(なんだその四半世紀の差は)
「ねぇ、ねぇ、鼻高いねぇ、おにいちゃん、外人?」
「日本人だよ!」
「う〜ん、ロシア人でしょ?ロシア人っぽい」
(なつかしの同期、Sさん、気持ちわかる・・・
君のことドイツ人っていっててごめん)
「ねぇ、ねぇ、おっちゃんもこのひも引っ張ってよ!!」
(関西の子のおっちゃんてなんか憎めなくて可愛い)
「ねぇねぇ、○○ちゃん!(女の子)
そこの兄ちゃんの二人のどっちがすき?」
「うぅん、顔だけじゃわからないね!
性格だね、性格がわからんときめられない。」
「ほんとに〜?
大人になってお金とかいうんじゃないの〜?」
「え〜、わかんない! それより大人のとき彼氏ほしいわ」
(林業教室が恋愛教室かって、
5年生の女の子はかなり大人です)
さてさて学校の先生たちが怪我をしないかとひやひやしながら
も、枝打ち体験(木登りだけ)も間伐体験(のこぎりで)も子
供たちは爛々と目を輝かしてて楽しんでいた。もっと楽しんで
いたのは、普段の施業を小学生たちに披露していく社員さんた
ちであった。
「さ〜って、準備体操しますよぉ!
3の倍数は 特に大きな声と大きな動きで♪」
(ナベアツかよ)
「いち、に、 さん!! し、ご、 ろっく!!なな・・・」
ってまた小学生もノリがいい。まぁ僕が5年生のころだったら
いま人気上昇中のナベアツのネタはわからんだろうが笑。そん
な対応をした若手の社員の子供とのコミュニケーション力に私
は腹を抱えて笑え、ちょっと羨ましかった。製造業からサービ
ス業へ、エンターテイナーだな、Iさん!
環境保全、施業、管理、をする若い山仕事人、ホントに面白い。

■準備体操!
投稿日:2008-06-11 Wed
人間は人間だけでいきていけない。
そんな当たり前をもう一度かみしめた。
二酸化炭素 大ブームないま。
林業も農業も漁業、自然破壊的もあれば、自然調和的もある。
地域地域によって、主体主体によって、全部違うのである。
それでも、今日は、ウグイスにホトトギス、そしてカッコウ。
色々な鳥の鳴き声が聞こえた。深く森林浴をしながら、今日は
特にホトトギスの鳴き声を多く聞く。なかなか姿を見せないら
しいが、やはり作業現場にて搬出コスト&時間削減のための、
フォワーダーを休ませると色々な美しき鳴き声がこだまするの
である。
今の時期モリアオガエルの産卵期である。拳骨ほどのあわの
塊が5〜6個。沼地に飛び出た木々の枝先などに産卵する。
この天然記念物(自治体指定)は、ここではよくいるそうで
「なんか別にありがたみないです」なんてクライアントはい
う。しかし、私が小学生のころの町田の実家の裏山には、ト
ノサマバッタやヒキガエルなどよくいたがもういない涙。
「そうそう、古川さん、昨日、キツネ見たんですよ!!」
いつもみていてモリアオガエルには感動しない若手がいう。
狐はさすがに珍しい。やっぱりそういうのが嬉しい。
(もちろん、ハブ、ハチ、ヒル、危険もいっぱいだ)
人が育てて植えてきた森を専門家は「人工林」というが、人工
林という名が私は嫌いだ。コンクリートでつくったニセモノ林
かと思える。それは、人が植えて、育成してきた林のことであ
り、それを人工林というのが一般的。人が50年単位で100
年単位いや200年単位で、植林、施業、伐採の循環をしてい
く。
植林と伐採以外は「光」の管理。速水亨さんはよくいう。そし
て多くの共生しうる動植物とのバランスをみながら、利益高き
森林にしていくこと、これが美しい森林である。
確かに、江戸時代より、戦前より、圧倒的にいまは森林面積が
多くなっている。「利益」に目がくらんで植林しすぎた実際も
あるし、利用目的が明確なプロ意識高き「商業」森林もあれば、
植えたまま手付かずの森もあるし、成り立ちから自然な森林も
あれば、色々な森がある。戦後の拡大造成林で、利益が回らず
人の手が入らず、光が下部に届かない野放図の森林が環境的に
問題であって、間伐材利用、マイハシ運動、二酸化炭素吸収、
それらが、環境破壊の免罪符ではない。
それでも、日本の建築文化を重に支えてきたのは杉、檜なので
ある。この杉檜の文化については司馬遼太郎も「この国のかた
ち」で書いている。神社仏閣、伝統工法、これらを潰そうとす
る法改正、欲望の低俗化による「住宅」の陳腐化が現実にある。
話がずれた。
やはり杉檜を中心とした文化、この世界の原点は人工林の世界
にある(と私は思う)。吉野林業全書によれば、川上郷(現在
の吉野郡川上村)で380年前の植林の記録がある。吉野林業
全書が出たのは日露戦争が始まる少々前の明治38年だったか。
それから380年前であるから、約500年前にすでに人が一
本一本植え、そして持続可能な山作りを意識していたのである。
日本の誇るべき文化である。
それは、そこに「植物」「動物」との共生の概念もあった。
クライアントの主任さんは、林業施業のプロであり、そして、
動植物昆虫など生き物マニアである。
時速40キロで走っていたら
「ちょっとまって!あそこに、珍しいクワガタがおった」
という。遠くて小さくて点のような猛禽類を見ても我々には
「とんび」にしかみえなくても、鳥の種類そしてオスかメスか
もわかるらしい。
カッコイィ。
川上村の達っちゃんを思い出した。元気かな。メンバー連れて
2泊3日。自分の無知さを思い、7000円分、本を買った。
それがいかんのか、体験体感しなきゃダメか。この新しい世界、
いやすごく古い世界を、もっと伝えていかなければと切に思う。

■きれいなキノコ

■モリアオガエルの卵
天然記念物。珍しいこの泡の塊が、5〜6個もあった。
真下に水辺があるところで産卵。おたまじゃくしがそのまま
沼に空中から落ちていくシーンは有名。
その下の湿地帯にイモリが、たくさん気持ちよさそうに泳いでいた。

■モリアオガエル
夜、宿舎の窓に突然現れた。

■手のひらサイズ
とてもきれいな青色だった「森青蛙」。
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